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事件の記録と検証 第2部

第2部 時系列 ― 事故発生から判決確定・議員辞職まで

はじめに

本第2部では、平成23年10月18日の事故発生から、逮捕、取調べ、辞職勧告決議、起訴、公判、有罪判決、判決確定、辞職届提出、辞職許可に至るまでの経過を時系列で整理する。
ここでは、できる限り評価を加えず、確認できる事実の前後関係を示す。

特に重要なのは、刑事手続と市議会の動きが、どのような順序で進行したのかである。

本件では、判決確定前に須賀川市議会による辞職勧告決議が複数回行われ、その間に取調べ、供述調書の作成、起訴、公判、有罪判決が進行している。
本件の全体像を把握するためには、個々の出来事を時間の流れに沿って確認する必要がある。
特に重要なのは、事故時刻に関する供述が変化した時期と、市議会関係者の供述調書が刑事判決の証拠標目に含まれていることである。

以下、本件の経過を時系列で整理する。
この時系列は、第3部 残された合理的疑い及び第4部 無罪推定原則の侵害を理解するための前提となる。

平成23年10月18日 事故発生

平成23年10月18日夜、須賀川市内で道路交通法違反事件の原因とされた事故が発生した。

後の刑事手続では、この事故について、酒酔い運転によりガードレールに衝突したものとされた。
事故時刻については、当初の供述調書や報道では「午後7時50分頃」とされていたが、後の検察官面前調書及び判決では「午後7時40分頃」と整理されている。

この事故時刻の変化は、後に第3部で検証する重要な点である。

平成23年10月19日 逮捕と初回取調べ

平成23年10月19日、圓谷年雄は道路交通法違反の容疑で逮捕された。

圓谷年雄は、一人で警察署に出向いた。
その後、逮捕され、身柄を拘束された状態で取調べを受けた。
同日、司法警察員面前の供述調書が作成された。

この初回調書には、事件に関する事項だけでなく、出生、養子関係、経歴、職歴、市議会議員となった経緯、飲酒習慣等の身上事項も記載されている。

この時点では、弁護士関与を示す資料は確認できない。

平成23年10月20日 供述調書作成と報道

平成23年10月20日、司法警察員面前の供述調書が作成された。

同調書には、会派親睦会、飲酒経緯、飲酒量、運転代行、事故発覚等に関する記載がある。※公開上の配慮から、代行業者を匿名化した。
同日付の新聞報道では、圓谷年雄が、飲酒したこと及び事故を起こしたことは認めているが、飲酒運転については否認している旨が報じられている。
また、所属会派による会派からの除名処分や、市議会側の対応も報じられた。

この時点でも、弁護士関与を示す資料は確認できない。

平成23年10月21日 検察官送致と弁護士関与の具体化

平成23年10月21日、圓谷年雄は検察官送致された。

逮捕が10月19日である以上、刑事訴訟法上、検察官送致は逮捕から48時間以内に行われる必要がある。
同日、弁護士法人けやき法律事務所作成の計算書には、父から実費預り金20,000円を受領した旨の記載がある。

この記載は、少なくとも同日以降に弁護士関与が具体化していたことを示す資料である。
他方で、10月19日及び10月20日の取調べ時点では、弁護士関与を示す資料は確認できない。

また、同日付の新聞報道では、議長が記者会見において、圓谷年雄が「大筋で容疑を認め始めた」とする趣旨の発言をしたことが報じられている。

この時点では、まだ起訴も判決もなされていない。

平成23年10月22日 供述調書作成

平成23年10月22日、司法警察員面前の供述調書が作成された。

同調書には、店を出た後の記憶、運転経路、事故現場に至る経緯、当初否認した理由等に関する記載がある。

また、通常の帰宅経路とは異なる経路を通ったことや、その経路が普段利用していた運転代行業者が使用する経路である趣旨の供述も含まれている。

この点は、後に第3部で検証する「通常とは異なる経路」及び「運転代行業者との関係」に関わる事情である。

平成23年10月24日 実況見分調書作成

平成23年10月24日、実況見分調書が作成された。

同調書には、市役所駐車場から事故現場までの経路、距離、見取図等が記載されている。
後の刑事手続では、市役所駐車場から事故現場まで約11.5キロメートル走行したものとされた。

この約11.5キロメートルという距離は、呼気0.71mg/Lというアルコール検知結果や、朦朧状態との評価との関係で、後に第3部で検証する事項である。

平成23年10月25日 供述調書2通の作成

平成23年10月25日、司法警察員面前の供述調書が2通作成された。

第1通の供述調書には、前日の実況見分調書に基づく運転経路、酒酔い鑑識カード、運転代行への連絡、事故時刻等に関する記載がある。

この段階では、事故時刻について「午後7時50分」とする供述が記載されている。
また、酒酔い鑑識カードに基づき、呼気1リットル中0.71ミリグラムのアルコールが検出されたことも確認されている。

第2通の供述調書には、飲酒したハイボールの銘柄、グラス、飲酒量に関する訂正・補充が記載されている。

平成23年10月26日 第1回辞職勧告決議

平成23年10月26日、須賀川市議会は、圓谷年雄に対する第1回辞職勧告決議を可決した。

この時点で、圓谷年雄はまだ起訴されていない。
また、刑事裁判も始まっていない。
圓谷年雄は勾留中であり、本人欠席の状態で決議が行われた。
第1回決議は、刑事責任が確定していない段階で、市議会が辞職を求める公的意思表示を行ったものである。

この決議は、第4部で扱う無罪推定原則の侵害に関わる中心的事実である。

平成23年10月下旬 勾留の継続

平成23年10月下旬、圓谷年雄の勾留は継続された。

この時点では、すでに10月26日の第1回辞職勧告決議が可決されていた。
したがって、公的機関である須賀川市議会が、判決前に辞職を求める決議を行った状態の下で、刑事手続が継続していたことになる。

この点は、無罪推定侵害下で刑事手続が進行したことを示す時系列上の重要な事情である。

平成23年11月2日 検察官面前調書作成と事故時刻の整理

平成23年11月2日、福島地方検察庁郡山支部において、検察官面前調書が作成された。

同調書には、運転代行業者への発信・着信履歴として、午後7時09分の発信、午後7時14分の発信、午後7時30分の着信等が記載されている。

また、同調書では、事故時刻が「午後7時40分」と整理されている。
これに対し、10月25日までの司法警察員面前調書や事故直後の報道では、事故時刻は「午後7時50分頃」とされていた。
したがって、11月2日の検察官面前調書は、事故時刻が午後7時50分頃から午後7時40分頃へ整理された重要な時点である。

この点は、第3部で扱う事故時刻の変遷、運転代行への発信・着信履歴、供述形成過程に関わる重要な事実である。

平成23年11月9日 起訴と保釈

平成23年11月9日、圓谷年雄は道路交通法違反の罪で起訴された。

同日、保釈された。
起訴は、第1回辞職勧告決議が既に可決された後に行われている。

つまり、起訴前の段階で市議会が辞職勧告決議を行い、その後、起訴へ進んだという時系列である。

平成23年11月24日 議員全員協議会

平成23年11月24日、須賀川市議会において議員全員協議会が開かれた。

この場で、圓谷年雄は、議会側から説明を求められた。
この全員協議会は、通常の公開議会とは異なる場であり、多数の議員が出席する中で説明を求められたものであった。
また、弁護士が同席していたわけではない。
この場における発言は、後に「飲酒運転を認めた」とする趣旨で議会側に扱われ、第2回辞職勧告決議の根拠とされた。

この点は、第4部で扱う「11月24日全員協議会発言の利用問題」に関わる事実である。

平成23年12月1日 第2回辞職勧告決議

平成23年12月1日、須賀川市議会は、第2回辞職勧告決議を可決した。

この時点で、初公判はまだ開かれていない。
有罪判決も存在していない。
それにもかかわらず、第2回決議では、圓谷年雄が「飲酒運転を認めた」ことや、「在職中に飲酒運転をした」ことを前提とする趣旨の発言がなされている。

第2回決議は、初公判前・有罪判決前に、市議会が有罪を前提とする評価を公的に行ったものと位置づけられる。

この点は、第4部で扱う無罪推定原則の侵害に関わる重要な事実である。

平成23年12月26日 初公判

平成23年12月26日、福島地方裁判所郡山支部において初公判が開かれた。

この時点で、圓谷年雄は、既に第1回及び第2回の辞職勧告決議を受けていた。
また、報道による社会的非難も続いていた。
その後の判決書の証拠標目には、検察官に対する供述調書として、市議会議員2名の供述調書が掲げられている。
この2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員である。

この点は、本件の無罪推定侵害が、単なる議会内の政治的意思表示にとどまらず、刑事裁判の証拠構造にも接続していたことを示す重要な事実である。

平成24年1月16日 有罪判決

平成24年1月16日、福島地方裁判所郡山支部において、有罪判決が言い渡された。

判決では、事故時刻について「平成23年10月18日午後7時40分頃」と認定された。
また、判決書の証拠標目には、被告人本人の供述調書や酒酔い鑑識カード、実況見分調書等に加え、検察側証拠として市議会議員2名の供述調書が掲げられている。
この2名は、判決前の第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員である。

この点は、第4部で扱う刑事裁判の公正性及び無罪推定原則との関係で重要な意味を持つ。

平成24年1月31日 判決確定

平成24年1月31日、有罪判決が確定した。

判決確定後であっても、判決前に第1回及び第2回辞職勧告決議が行われていたという時系列上の事実は残る。

この点は、第4部で無罪推定原則との関係から検証する。

平成24年2月9日 第3回辞職勧告決議

平成24年2月9日、須賀川市議会は、第3回辞職勧告決議を可決した。

この時点では、既に有罪判決は確定していた。
しかし、第3回決議は、第1回及び第2回決議から続く辞職要求の流れの中で行われたものである。

そのため、第3回決議は、判決前の無罪推定侵害そのものとは区別しつつ、反復された辞職要求と制度的外圧の流れを確認するうえで重要である。

平成24年3月1日 第4回辞職勧告決議

平成24年3月1日、須賀川市議会は、第4回辞職勧告決議を可決した。

これにより、辞職勧告決議は合計4回に及んだ。

この反復性は、本件における辞職要求が一時的な政治的意見表明にとどまらず、継続的な制度的圧力として作用したことを示す事情である。

平成24年3月5日 辞職届提出

平成24年3月5日、圓谷年雄は議会事務局に「議員辞職届」を提出した。

この辞職届は、第4回辞職勧告決議及び橋本克也市長の施政方針演説から4日後に提出されたものである。

平成24年3月6日 辞職許可

平成24年3月6日、須賀川市議会は3月定例会本会議において、圓谷年雄の辞職を認める議案を可決した。

辞職時点で、本来の任期は2015年(平成27年)8月頃まで残っており、任期を約3年5か月残しての辞職であった。
辞職に伴う欠員については、同年夏に予定されていた須賀川市長選挙と同時に補欠選挙が実施された。

本件では、逮捕から辞職許可までの間に、4回の辞職勧告決議が行われている。

そのうち第1回決議は起訴前・勾留中に、第2回決議は初公判前・有罪判決前に行われている。

小括

本件の時系列を見ると、単に刑事事件が発生し、その後に有罪判決が出たという流れではない。

逮捕後、起訴前・勾留中の段階で第1回辞職勧告決議が行われた。
その後、勾留が継続し、検察官取調べ、事故時刻の整理、起訴が行われた。
さらに、初公判前・有罪判決前に第2回辞職勧告決議が行われ、その後に初公判、有罪判決、判決確定へと進んでいる。

また、判決書の証拠標目には、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が掲げられている。
したがって、本件では、判決前の公的有罪視が存在する状態の下で、刑事手続が進行していたことが時系列上明らかである。

さらに、判決確定後も第3回第4回辞職勧告決議が続き、平成24年3月5日の辞職届提出、同月6日の辞職許可へと至っている。
この時系列は、第3部で扱う供述形成過程及び有罪認定に残る疑問、第4部で扱う無罪推定原則の侵害を検討するための基礎となる。

それでは、事件の記録と検証 第3部 残された合理的疑いへお進みください。

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