憲法の力を信じて。

事件の記録と検証 第3部

第3部 残された合理的疑い

供述形成過程と有罪認定に残る構造的問題

はじめに

本第3部では、第1部第2部で整理した事実を踏まえ、本件有罪認定に残された合理的疑いを検証する。

本件で問われるべき問題は、個々の疑問を並べることで尽きるものではない。
各疑問の根底にある構造的問題は、一点に収束する。

すなわち、本件の供述調書は、被告人本人の体験記憶に基づく自白ではなく、記憶が欠落した状態で捜査側から示された情報を前提として、推測により構成された供述にとどまるのではないかという問題である。
この問題は、捜査段階の供述形成だけにとどまらない。否認から推測供述形成への転換、公判廷での認否、そして判決理由まで、一つの構造として連続している。

また、これらの疑問が存在する刑事手続そのものが、判決確定前に公的機関による有罪前提の評価が示された状態の下で進行していた。

したがって、本第3部では、単に事件の細部を争うのではなく、供述形成過程、有罪認定、公判廷での認否及び無罪推定侵害の相互関係を構造的に整理する。

刑事訴訟法第336条は、次のように定めている。

被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。

本件において、犯罪の証明が合理的疑いを超える程度に達していたのかを、以下に検証する。


推測供述と自白の区別

事実

本件の供述調書には、運転開始、走行経路及び事故態様について、本人が明確に記憶していない趣旨の記載が複数存在する。

確認できる主な記載は、次のとおりである。

「私は、酒に酔いすぎて店を出たことを覚えていません。」

(2011年(平成23年)10月22日付供述調書)

「市役所から出発して交通事故を起こすまで覚えていないのですが、出発した市役所から交通事故現場の位置を考えると帰宅するために運転していたと思います。」

(2011年(平成23年)10月22日付供述調書)

2011年(平成23年)10月25日付第1通供述調書には、飲食店で飲酒した後から交通事故現場で起こされるまで覚えていない旨が記載されている。※公開上の配慮から、飲食店名を匿名化した。

「飲酒運転した経路について、酒に酔いすぎて覚えていないのですが、普段市役所から帰宅するまでの経路とほぼ同じ所を通って飲酒運転したと思います。」

(2011年(平成23年)10月25日付第1通供述調書)

「①から②までの運転距離については、約11.5キロメートルであると警察から説明を受けて分かりました。」

(2011年(平成23年)10月25日付第1通供述調書)

「その会合を出た状況もハリアーを運転した状況も思い出せず、その後に記憶があるのは現場に来ていた警察官と話をしているシーンからなのです。」

(2011年(平成23年)11月2日付検察官面前調書)

「私は、逮捕された後、いろいろな捜査結果の内容を教えてもらいましたし、自分でも自分の携帯電話の発信履歴や着信履歴を見て確認しました。」

(2011年(平成23年)11月2日付検察官面前調書)

疑問

これらの供述において語られているのは、本人の直接的な体験記憶ではない。
捜査機関から示された事故状況、車両位置、飲酒検知結果、携帯電話の発着信履歴、目撃情報及び実況見分結果等を前提として、そうだったのだろうと思うと述べたものである。

少なくとも、運転開始、走行経路及び事故態様という核心部分については、自らの体験記憶を語った供述ではない。

核心部分が直接記憶ではなく推測に基づく以上、これを本人の体験記憶に基づく自白として扱い、運転者性を直接かつ決定的に基礎付ける証拠とすることには、根本的な問題がある。
調書末尾の「以上のとおり間違いありません」という確認文は、供述調書に付される定型的な記載である。

供述内容自体が、「覚えていない」「思います」「説明を受けて分かりました」といった表現によって構成されている以上、末尾の確認文のみを根拠として、供述全体を体験記憶に基づく自白であると評価することはできない。


本件で検察官が負うべき立証の内容

被告人の供述が推測供述にとどまるとすれば、検察官は、その供述だけに依存することなく、独立した客観証拠による裏付けを含む証拠全体によって、被告人が事故当時に車両を運転していたことを合理的疑いを超えて立証しなければならない。
具体的には、少なくとも次の事項が、客観的証拠によって示される必要があった。

第一に、事故時に被告人が車両を運転していたこと。
第二に、事故直前に被告人が自ら運転を開始し、事故現場まで走行したこと。
第三に、事故時の運転者が被告人であったと断定することに合理的疑いを生じさせる他の可能性が、客観証拠によって排除されること。

この立証は、目撃証言、現場の物理的状況、車内の痕跡、携帯電話の発着信履歴、代行業者とのやり取り、事故後の発見状況等の客観証拠を総合して行われるべきものであった。


各疑問が示す立証上の問題

運転者性の証明構造について

事故後に現場へ到着した警察官が、被告人を車内のどの位置で発見したのか、その具体的確認方法、接近方向、降車動線及び飲酒検知場所について、公判廷で証言し、反対尋問を受けた事実は、少なくとも判決書及び現在確認できる記録上、確認できない。

仮に事故後の発見時に被告人が運転席付近にいたとしても、そのことのみから、事故時にも被告人が運転席にいて車両を運転していたと直ちに断定できるわけではない。
本人の供述は、記憶欠落状態での自己認識に基づくものである。

したがって、運転者性という有罪認定の核心事実について、独立した証拠による検証が必要であった。

判決書の証拠標目には、実況見分調書2通及び捜査報告書2通が掲げられている。

しかし、少なくとも判決書及び現在確認できる記録からは、これらの書面がどの証拠採用手続を経て、運転者性の認定にどの範囲で用いられたのかは明らかでない。

また、作成者が公判廷で供述し、弁護人による反対尋問を受けた事実も確認できない。

したがって、これらの書面が、事故時の運転者が被告人であったことを独立して基礎づける証拠として、どの程度の証明力を持つのかを検証する必要がある。

なぜ、午後7時50分頃のまま起訴せず、午後7時40分頃へ変更したのか

本件では、事故時刻について、捜査の途中で重要な変更が生じている。

逮捕容疑及び警察段階の資料では、事故時刻は午後7時50分頃として扱われていた。
実況見分調書においても、午後7時50分頃という時刻が採用されていた。

ところが、2011年(平成23年)11月2日の検察官面前調書において、本人の供述は午後7時40分頃へ変更されている。
その後、同月9日の起訴状では、変更後の午後7時40分頃が採用された。
さらに、2012年(平成24年)1月16日の有罪判決においても、午後7時40分頃が罪となるべき事実として認定された。

事故時刻の変遷

段階事故時刻
2011年(平成23年)10月19日 逮捕容疑午後7時50分頃
警察での取り調べにおける本人供述午後7時50分頃
2011年(平成23年)10月24日 実況見分調書午後7時50分頃
2011年(平成23年)11月2日 検察官面前調書午後7時40分頃へ変更
2011年(平成23年)11月9日 起訴状午後7時40分頃
2012年(平成24年)1月16日 有罪判決午後7時40分頃

なぜ、わずか10分の変更が重要なのか

問題は、単に時刻が10分異なっているということではない。

事故時刻は、犯罪事実の基礎を構成する重要な事項である。
さらに本件では、事故時刻が、次の事実関係を検討するための基準点である。

代行業者との連絡履歴
自ら運転を開始したとされる時点
事故現場までの約11.5kmの走行時間
午後7時30分頃とされる目撃情報との整合性
検察官面前調書における供述変更の信用性
合理的疑いを超える証明があったのか

午後7時50分頃と午後7時40分頃とでは、これらの事実関係の整合性が変わる。
したがって、この10分間の変更は、些細な訂正として扱うことはできない。

重要でないなら、なぜ変更したのか

ここで、極めて単純な疑問が生じる。

事故時刻が重要ではなく、午後7時50分頃のままで問題なく起訴できたのであれば、なぜそのまま起訴しなかったのか。
なぜ、検察官面前調書において、午後7時40分頃へ変更する必要があったのか。
変更が必要だったのであれば、その理由と、変更後の時刻を裏付ける客観的根拠は何だったのか。
本件では、警察段階で午後7時50分頃として扱われていた事故時刻が、検察官面前調書において午後7時40分頃へ変更され、その変更後の時刻が起訴状及び有罪判決の前提となっている。

この変遷は、説明されなければならない。

午後7時50分頃が絶対に正しいと断定するものではない

本サイトは、午後7時50分頃が絶対に正しいと断定するものではない。
実況見分調書が本人の説明等を基礎として作成されたものであるなら、それだけで午後7時50分頃が客観的に確定したとまではいえない。

しかし、そのことは、事故時刻の変遷を検証しなくてよい理由にはならない。

問題は、当初、本人が午後7時50分頃と供述し、警察段階の資料でも午後7時50分頃として扱われていたにもかかわらず、身柄拘束中の検察官取調べで午後7時40分頃へ変更され、その変更後の時刻が起訴状及び判決に採用されたことである。

本件で明らかにされるべきこと

本件で明らかにされるべきなのは、次の点である。

なぜ、事故時刻は午後7時50分頃から午後7時40分頃へ変更されたのか。
変更後の午後7時40分頃という時刻を裏付ける客観的証拠は何か。
代行業者との連絡履歴、約11.5kmの走行時間、目撃情報との整合性は、どのように検討されたのか。
なぜ、警察段階で採用されていた午後7時50分頃ではなく、変更後の午後7時40分頃が起訴状及び判決に採用されたのか。
身柄拘束中の検察官取調べにおいて生じた供述変更について、その任意性及び信用性は、どのように検証されたのか。

本件の核心的疑問

本件で問われているのは、検察官の意図を証拠なく断定することではない。
問われているのは、客観的に存在する事故時刻の変遷について、合理的な説明が存在するのかという点である。
午後7時50分頃のまま起訴できたのであれば、なぜ変更したのか。
変更する必要があったのであれば、その客観的根拠は何か。

この問いに合理的な説明が示されない限り、本件の立証構造、供述の信用性及び合理的疑いを超える証明の有無には、重大な未解明事項が残るのである。

運転代行への連絡について

2011年(平成23年)11月2日付検察官面前調書には、午後7時09分の代行依頼発信、午後7時14分の催促発信及び午後7時30分の代行業者からの着信が記録されている。

被告人は、複数回にわたって運転代行業者に連絡し、代行業者からも着信を受けていた。
判決は、「被告人が正しく駐車場所を伝えなかった上、十分連絡を取り合うことなく早々に自ら運転を開始した」と認定している。
しかし、複数回の発着信が存在する状況の下で、なぜ代行を利用できなかったのか、なぜ自ら運転を開始したと断定できるのかについて、判決の説明は十分ではない。
特に、事故時刻が午後7時40分頃であるとすれば、午後7時30分の着信から事故までの時間は極めて短い。

代行業者への発着信履歴は、運転開始時刻、事故時刻及び運転者性の認定を検証するうえで重要な事情である。

呼気濃度と走行距離について

判決は、一方で、被告人が「運転操作が適切にできないほど酔っていた」と認定している。

他方で、須賀川市役所駐車場から事故現場まで、複数の信号及び交差点を経由して約11.5キロメートルを走行したと認定している。

事故後の飲酒検知結果は、呼気1リットル中0.71ミリグラムであったとされている。
酩酊状態で一定距離を走行することが物理的に絶対不可能であると断定するものではない。
しかし、高いアルコール検知値、「運転操作が適切にできないほど酔っていた」とする認定及び約11.5キロメートルの走行認定が並存する以上、その両立可能性、道路状況、所要時間及び走行経過については、具体的な検証を要する。

判決書上、その点について十分な説明がなされているとは確認できない。

走行経路の供述形成について

2011年(平成23年)10月25日付供述調書には、飲酒運転した経路について、本人は「酒に酔いすぎて覚えていない」と述べながら、「普段市役所から帰宅するまでの経路とほぼ同じ所を通って飲酒運転したと思います」と供述している。
しかし、その経路は本人の直接記憶によって説明されたものではない。

また、2011年(平成23年)10月22日付供述調書には、事故現場方向へ至る経路について、普段利用していた運転代行業者が被告人を送る際に使用する経路であった旨の供述が記載されている。

この点は重要である。

事故現場に至った経路が、本人が通常自ら運転して帰宅する際の経路ではなく、普段利用していた運転代行業者が送迎時に使用していた経路であったとすれば、その経路選択が本人自身の意思的行動に基づくものであったのか、それとも別の事情を示すものなのかを検証する必要がある。
とりわけ、本人には当該経路を走行した直接記憶がない。

したがって、事故現場に至る最終区間については、通常の帰宅経路との関係、運転代行業者が普段使用していた経路との関係及び実況見分において示された経路との関係を整理する必要がある。

本人が記憶していない走行経路が、いつ、どの資料を前提として具体化されたのかは、供述形成過程を検証するうえで重要である。

目撃情報について

2011年(平成23年)11月2日付検察官面前調書には、国道118号沿いの新幹線高架下手前の片側通行箇所で、被疑者が車を運転しているのを見た人がいる旨が記載されている。

しかし、これは、検察官が被疑者に伝えた捜査結果として現れているものである。

少なくとも判決書及び現在確認できる記録上、当該目撃者本人が公判廷で証言し、弁護人による反対尋問を受けた事実は確認できない。

仮に、この目撃情報が運転者性認定の重要な基礎とされたのであれば、その証拠化の方法、証拠採用の根拠、視認条件及び反対尋問の機会の有無を確認する必要がある。


否認から推測供述形成に至る経緯

事実

逮捕翌日の2011年(平成23年)10月20日付新聞報道では、被疑者が容疑を否認していることが報じられていた。

その後の時系列は、次のとおりである。
2011年(平成23年)10月19日、逮捕及び初回取調べが行われた。この時点では、弁護士関与を示す資料は確認できない。
2011年(平成23年)10月20日、容疑否認との報道がある。この時点でも、弁護士関与を示す資料は確認できない。
2011年(平成23年)10月21日、検察官送致が行われた。弁護士事務所の計算書には、同日、実費預り金の受領が記録されており、少なくともこの日以降に弁護士関与が具体化したことがうかがわれる。
同日、新聞報道では、「大筋で容疑を認め始めた」とする趣旨の報道がなされている。

2011年(平成23年)10月22日、自白方向の供述調書が作成された。この調書には、当初否認した理由として、次のように記載されている。

「突然飲酒運転という社会的にも大変反響が大きい違反をしてしまったことから半分パニックになってしまい、初めは飲酒運転していないという話をしました。」

また、2011年(平成23年)10月19日の初回取調べでは、事件の核心部分だけでなく、出生、養子関係、経歴及び市議会議員となった経緯等の身上事項も聴取されている。
これらの聴取自体を、直ちに違法と評価するものではない。

しかし、逮捕直後、弁護士関与が具体化する前の段階で、本人がどのような心理状態に置かれていたのかを検証するうえで、無視することはできない事情である。

疑問

否認から自白方向への転換は、逮捕から数日の間に生じている。

2011年(平成23年)10月19日及び同月20日の取調べは、弁護士関与が具体化する前の段階で行われたと考えられる。
この転換の心理的背景、取調べの状況及び防御権行使の実質について、判決書は具体的に検討していない。
最初から一貫して本人が認めていたわけではないという事実は、公判廷での認否が、本人の体験記憶に基づく確信から生じたものかどうかを判断するうえで重要である。

刑事訴訟法第319条第1項は、次のように定めている。

強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁がされた後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

同項は、「任意にされたものでない疑のある自白」を証拠とすることができないと規定している。

したがって、捜査段階の供述については、その形成過程及び任意性を慎重に検討する必要がある。


公判廷における認否は、独立した自由意思に基づくものだったのか

事実

初公判は、2011年(平成23年)12月26日に行われた。
被告人は起訴事実を認め、同日に審理は結審した。

この時点では、既に第1回辞職勧告決議及び第2回辞職勧告決議が可決されていた。
第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日、起訴前・勾留中に可決された。
第2回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)12月1日、初公判前・有罪判決前に可決された。
また、逮捕直後の容疑報道、辞職勧告決議案の提出報道、第1回辞職勧告決議の可決報道、起訴報道、第2回辞職勧告決議の可決報道が継続していた。

初公判の時点では、既に2度の辞職勧告決議を受けた事実とともに、公判内容が報じられる状況にあった。
被告人は保釈中でもあったが、本件で重視すべき事情は、保釈中であったことそれ自体ではない。
捜査段階で推測供述が形成され、2度の辞職勧告決議及び継続的報道による社会的非難が存在する中で、初公判に至ったという累積的状況である。

少なくとも判決書及び当時の報道上、無罪推定侵害又は制度的外圧が主要な争点として扱われたことは確認できない。

疑問

初公判における認否は、捜査段階で形成された推測供述と切り離して評価することはできない。

被告人は、事故の核心部分について直接記憶を欠いたまま、捜査機関から示された情報を前提として、そうだったと思いますと述べる供述を重ねていた。

さらに、初公判時点では、既に2度の辞職勧告決議が可決され、報道及び社会的非難も継続していた。
このような状況の下では、否認を維持して争い続けることへの心理的負担は、通常の刑事手続におけるものとは異なる次元で存在した。
公判廷での認否については、捜査段階の供述形成過程、外部からの累積的圧力及び実質的な防御権行使の状況を踏まえ、その自由意思性、信用性及び証明力が慎重に評価される必要があった。

単に「公判で認めた」という一事をもって、捜査段階に残された合理的疑いが解消されたと扱うことはできない。


憲法第38条第3項及び刑事訴訟法第319条第2項・第3項との関係

日本国憲法第38条第3項は、次のように定めている。

何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

また、刑事訴訟法第319条第2項は、次のように定めている。

被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。

同条第3項は、次のように定めている。

前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。

したがって、初公判において起訴事実を認めたという一事のみをもって、運転者性が証明されたと扱うことはできない。

本件では、公判廷における認否とは別に、被告人が事故時に車両を運転していたことを裏付ける独立した補強証拠が存在し、それを含む証拠全体によって合理的疑いが排除されていたのかを検証する必要がある。
判決書の証拠標目に複数の書証が掲げられていることと、それらが運転者性を合理的疑いを超えて証明するだけの証明力を備えていることは、同一ではない。

証拠の存在と、その証明力は区別して検証されなければならない。


判決理由の「市民の衝撃と失望」は何を根拠としたのか

事実

2012年(平成24年)1月16日の判決において、裁判官は次のように述べた。

被告人は現職の市議会議員という立場にあり、市民の代表として高い遵法精神が求められていたにもかかわらず酒酔い運転という故意犯に及んだことは強い非難に値するし、須賀川市民に与えた衝撃と失望は軽視できない。

また、判決書の「証拠の標目」には、検察官に対する供述調書として、市議会議員2名の調書が掲げられている。

疑問

「須賀川市民に与えた衝撃と失望」という評価は、単なる職責評価にとどまらない。
市民一般に、現実の心理的反応又は社会的影響が生じたことを前提とする表現である。

そうであるならば、その評価がどの証拠に基づくものなのかが説明されなければならない。

裁判官の一般的推測なのか、議会決議又は報道によって形成された社会的非難を取り込んだものなのか、判決書上は明らかでない。

証拠標目には、市議会議員2名の検察官調書が掲げられているが、それらが量刑理由とどのように関係するのかも明らかでない。

判決前の辞職勧告決議と、その決議に関与した市議会議員の供述調書とが証拠構造に含まれ、その一方で判決が「市民の衝撃と失望」を量刑理由として用いている以上、公的機関による判決前の有罪前提の評価が、刑事裁判の証拠構造及び量刑理由に接続した可能性について、慎重な検証が必要である。


本件供述の構造的問題

以上を総合すると、本件の供述は、次のような構造を持っている。

本人が記憶していない部分を、警察・検察から示された捜査資料によって補完し、その補完された内容を前提として、「そうだったと思います」と述べたものが調書に記録されている。
その調書の末尾には、「間違いありません」という定型確認文が付されている。

逮捕翌日に容疑を否認していた被疑者が、弁護士関与が具体化する前後の数日間に、自白方向へ転換した。
初公判は、2度の辞職勧告決議及び継続する報道の下で行われ、一回で結審した。

少なくとも、運転開始、走行経路及び事故態様という核心部分については、自らの体験記憶を語った供述ではない。
捜査側の示した情報を、記憶のない状態で受け入れた推測供述の集積が、捜査段階から公判廷における認否へと引き継がれた可能性がある。


刑事訴訟法第336条との関係

刑事訴訟法第336条は、次のように定めている。

被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。

「本人もおそらく運転したと思っている」「状況から見てそう考えられる」というだけでは、合理的疑いを超える証明にはならない。

被告人には、運転開始、走行及び事故態様について直接記憶がない。
その供述が、捜査機関から示された状況説明を前提とする推測にとどまる以上、これを本人の体験記憶に基づく自白として扱い、運転者性を直接かつ決定的に基礎付ける証拠とすることはできない。

検察官が、独立した客観証拠による裏付けを含む証拠全体によって、被告人の運転事実を合理的疑いを超えて証明できないのであれば、刑事訴訟法第336条により、無罪が言い渡されるべき事件であった。


無罪推定侵害との接続

さらに、これらの疑問が存在する刑事手続そのものが、起訴前・勾留中の第1回辞職勧告決議と、初公判前・有罪判決前の第2回辞職勧告決議という、判決確定前の有罪前提の評価の下で進行した。

記憶の欠落した状態で取調べを受け、公的機関による有罪前提の評価が繰り返され、報道が社会的非難を形成し続けた状況の下で、供述が形成され、公判廷における認否に至っている。

本件の合理的疑いは、証拠評価上の細部ではない。

本人の直接記憶に基づかない推測供述が、体験記憶に基づく自白であるかのように扱われ、事故時の運転者性が、独立した客観証拠による裏付けを含む証拠全体によって合理的疑いを超えて立証されたのかを十分に検証しないまま、公判廷における認否及び有罪判決へ接続したという、刑事手続上の構造的問題である。

しかも、その手続は、起訴前・勾留中の第1回辞職勧告決議と、初公判前・有罪判決前の第2回辞職勧告決議という無罪推定侵害の下で進行した。

したがって、第4部で述べる無罪推定原則の侵害とあわせて、本件刑事手続の適正性は、改めて検証される必要がある。

それでは、事件の記録と検証 第4部 無罪推定原則の侵害へお進みください。

Share / Subscribe
Facebook Likes
Posts
Hatena Bookmarks
Pinterest
Pocket
Evernote
Feedly
Send to LINE