第4部 無罪推定原則の侵害
判決前の公的有罪視と刑事裁判への影響
はじめに
本第4部では、本件における最も重大な構造的問題である、無罪推定原則の侵害と、その状況の下で進行した刑事手続の公正性について検証する。
本件の問題は、飲酒運転事件の事実認定に疑問があるという点だけにとどまらない。
より根本的な問題は、刑事責任が確定していない段階で、公的機関である須賀川市議会が、当時現職の市議会議員であった圓谷年雄に辞職を求め、犯罪事実が確定したことを前提とする公的評価を示したことである。
第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日、起訴前の勾留中に行われた。
その2日前の同月24日には、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で実況見分が行われ、経路及び約11.5キロメートルという距離に関する捜査資料が形成された。
その実況見分終了から約35分後には、須賀川市議会議会運営委員会が開かれ、逮捕を前提として辞職を求める決議文案と、質疑、委員会付託及び討論を省略して採決する手順が整理された。
第2回辞職勧告決議は、同年12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に行われた。
圓谷年雄は、その7日前の11月24日、議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を明確に示していた。
しかし、その4日後の11月28日に開かれた議会運営委員会では、この説明が第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を示さないものと評価され、第2回辞職勧告決議の理由、本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知手順があらかじめ整理された。
その後の判決書の「証拠の標目」には、圓谷年雄の公判供述及び捜査段階の供述調書のほか、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書並びに検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された第三者2名は、当時の須賀川市議会議員であり、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した者である。
したがって、本件では、刑事責任確定前に圓谷年雄へ辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問が行われないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていたことになる。
この事実だけから、辞職勧告決議と刑事裁判との間に直接的な因果関係があったと断定することはできない。
しかし、議会による判決前の公的評価と刑事裁判を、当然に完全無関係な出来事として切り離すこともできない。
本第4部では、まず、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項が保障する無罪推定に適合していたかを検証する。
その上で、公的有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判、同条第3項(e)及び憲法第37条第2項が保障する証人審問権並びに憲法第31条の適正手続との関係で追加的に検証する。
各条文、自由権規約、一般的意見、条約法に関するウィーン条約、刑事訴訟法及び地方自治法の体系的整理については、別ページ「法的主張と違憲違法構造の整理」で扱う。
検証にあたっての注意点
本章では、判決前の辞職勧告決議を検証するに当たり、三つの問題を区別する。
第一は、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、無罪推定に適合していたかという問題である。
自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項は、裁判所だけでなく、地方議会を含むすべての公的機関に対し、裁判結果を予断せず、刑事責任未確定の者を有罪であるかのように扱わないことを求めている。
したがって、辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ具体的な影響を及ぼしたことを証明できるか否かとは別に、決議及び提案理由という公的行為自体が、無罪推定に適合していたかを独立して判断しなければならない。
第二は、公的機関による判決前の有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、刑事裁判の公正性との関係でどのように評価するかという問題である。
この問題は、自由権規約第14条第1項、憲法第31条及び憲法第37条第1項との関係で検証される。
第三は、判決書の「証拠の標目」に掲げられた第三者5名の供述調書が、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問を経ないまま有罪認定の証拠構造に組み込まれたことを、証人審問権との関係でどのように評価するかという問題である。
自由権規約第14条第3項(e)、一般的意見32号39項及び憲法第37条第2項は、被告人に対し、不利益な証人を尋問し、その供述の正確性及び信用性を争う実質的な機会を保障している。
判決書のみからは、第三者5名の供述調書が採用された具体的な刑事訴訟法上の根拠、弁護側の同意の有無又は採用過程の詳細は確認できない。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったという事実だけから、直ちに供述調書の証拠能力が否定されると断定するものではない。
しかし、形式上の証拠採用根拠又は同意の有無と、供述者本人の記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を反対尋問によって実質的に吟味する機会が保障されていたかは、同一の問題ではない。
本章では、この三つの問題を混同しない。
無罪推定侵害自体を、刑事裁判への具体的影響が証明されていないという理由で否定することはしない。
同時に、無罪推定侵害が認められることだけから、刑事裁判への具体的影響又はすべての証拠の違法性が当然に認められると断定することもしない。
それぞれの問題を、対応する事実及び規範に基づいて段階的に検証する。
無罪推定原則とは何か
無罪推定原則とは、刑事上の罪に問われている者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定されるという刑事手続上の基本原則である。
これは、単なる理念ではない。
無罪推定は、刑事手続において、国家権力が個人を処罰するために必ず守らなければならない基本的保障である。
刑事責任が確定していない段階で、国家機関や公的機関が被疑者・被告人を有罪であるかのように扱うことは、本人の名誉や社会的信用を侵害するだけでなく、取調べ、公判での認否、防御権行使、裁判の公正性に重大な影響を与える。
市民的及び政治的権利に関する国際規約、すなわちICCPR第14条第2項は、刑事上の罪に問われているすべての者について、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
また、国連自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、無罪推定原則について、裁判所だけでなく、すべての公的機関が、判決前の者を有罪であるかのように扱うことを避けなければならない旨を示している。
したがって、無罪推定原則は、刑事裁判所の内部だけに限られるものではない。
議会、行政、捜査機関、その他の公的機関もまた、判決前の者を有罪であるかのように扱ってはならない。
本件では、この原則が、判決確定前の段階で、須賀川市議会によって侵害された疑いがある。
本件における侵害の構造
本件における無罪推定侵害は、単発の出来事ではない。
2011年(平成23年)10月19日、圓谷年雄は道路交通法違反の被疑事実により逮捕された。
同月24日には実況見分が行われた。
圓谷年雄は、実際に運転を開始した場所及び市役所駐車場から事故現場までの実際の走行経路を記憶していないと説明した。
その状態で、市役所駐車場を出発地点、事故現場を到着地点として、「現時点で通るとする道路」が記録され、その距離が約11.5キロメートルと測定された。
実況見分は午後2時5分に終了した。
その約35分後の午後2時40分から、須賀川市議会議会運営委員会が開かれた。
議会運営委員会では、圓谷年雄が道路交通法違反の疑いで逮捕されたことを前提として、政治的・道義的責任、市民感情、議会の権威保持及び名誉回復を理由に辞職を求める決議文案が協議された。
また、本会議では、提案理由の説明後、質疑、委員会付託及び討論を省略して表決する手順があらかじめ整理された。
実況見分と議会運営委員会が同日に行われたことだけから、捜査機関と市議会が連絡又は連動していたと断定することはできない。
しかし、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で、捜査側が経路及び距離に関する資料を形成した同日に、市議会側が、逮捕を前提として辞職を求める決議文案と採決手順を具体化していたという時間的関係は確認できる。
同月26日、須賀川市議会は、第1回辞職勧告決議を全会一致で可決した。
この時点で、圓谷年雄は起訴されていなかった。
刑事裁判も始まっておらず、起訴前の勾留により本会議へ出席できない状態に置かれていた。
議事録上、須賀川市議会が、勾留中の圓谷年雄から事前に事情を聴いたこと、弁明の機会を与えたこと又は反論の機会を確保したことを示す記載はない。
その状態のまま、10月24日の議会運営委員会で整理された手順に従い、質疑、委員会付託及び討論が省略され、出席議員全員の起立により決議が可決された。
本会議は午前10時に開議され、午前10時4分に休憩に入っている。
また、この時点では、後に起訴状及び判決書に採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは続いた。
同年11月2日付検察官面前供述調書において、携帯電話の発着信履歴、第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間が組み合わされ、事故時刻が午後7時40分頃と逆算された。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
その7日後の11月9日、午後7時40分頃という時刻が起訴状の公訴事実として採用された。
同月24日、圓谷年雄は、議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
しかし、その4日後の11月28日に開かれた議会運営委員会では、この説明が第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を示さないものと評価された。
また、圓谷年雄が飲酒運転を認める発言をしており、このまま議員を続けることは許されないことを本人に理解させるため、再度決議すべきであるとの趣旨が示された。
その上で、12月1日の本会議における本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知手順が整理された。
12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に、第2回辞職勧告決議が可決された。
提案理由では、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとしたことを含む対応について、「社会正義に反する」と評価された。
さらに、圓谷年雄が「在職中に飲酒運転をしたこと」が、疑い又は起訴された事実としてではなく、既に確定した事実として扱われた。
このように、第1回及び第2回辞職勧告決議は、いずれも本会議で突然生じたものではない。
それぞれ事前の議会運営委員会において、辞職を求める理由及び本会議における処理手順が具体的に整理された上で可決されたものである。
第1回決議は起訴前に、第2回決議は第1回公判前かつ有罪判決前に行われた。
いずれの時点でも、圓谷年雄の刑事責任は法律に従って確定していなかった。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由は、単なる私人による政治的批判ではない。
公的機関である地方議会が、刑事責任未確定の者に辞職を求め、特に第2回決議では犯罪事実を確定したものとして扱った公的行為である。
この公的行為は、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項が保障する無罪推定と正面から衝突する。
決議賛成議員の供述調書が刑事裁判の証拠構造に含まれていること
本件では、判決前の公的有罪視と刑事裁判の証拠構造との関係で、さらに重大な事実がある。
判決書の「証拠の標目」には、圓谷年雄の公判供述及び捜査段階の供述調書のほか、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書並びに検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
判決書からは、第三者5名がそれぞれ何を供述したのか、また、各供述調書が具体的にどの事実の認定に用いられたのかは明らかではない。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書に記載された午後7時30分頃の走行目撃情報が、この5名の供述のいずれかに基づくものであるかも、判決書のみからは確認できない。
一方、第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問が行われていないことは事実である。
したがって、第三者5名の供述内容は、公判廷において供述者本人から直接示され、その正確性、記憶、認識、供述経過及び信用性について、反対尋問による吟味を受けたものではない。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された第三者2名は、当時の須賀川市議会議員であり、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した者である。
この2名は、刑事手続の外部では、圓谷年雄の刑事責任が確定する前に辞職を求める決議に賛成し、刑事手続の内部では、その供述調書が検察側証拠として判決書の「証拠の標目」に掲げられたことになる。
この事実だけから、辞職勧告決議と刑事裁判との間に直接的な因果関係があったと断定することはできない。
また、判決書のみからは、第三者5名の供述調書が採用された刑事訴訟法上の具体的根拠、弁護側の同意の有無又は証拠採用に至る手続の詳細は確認できない。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったことだけから、直ちに供述調書の証拠能力が否定されると断定するものでもない。
しかし、刑事責任確定前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問が行われないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていたことは、議会による判決前の公的評価と刑事裁判を、当然に完全無関係な出来事として切り離すことを困難にする事情である。
さらに、証拠採用について形式上の同意があったかという問題と、供述者本人の立場、記憶、認識、供述経過及び信用性を反対尋問によって実質的に争う機会が保障されていたかという問題は、同一ではない。
自由権規約第14条第3項(e)及び一般的意見32号39項は、被告人に対し、不利益な証人を尋問し、その供述を争う適切な機会を保障している。
憲法第37条第2項も、刑事被告人に対し、すべての証人を審問する十分な機会を保障している。
したがって、本件では、第三者5名、とりわけ判決前の辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名について、証人尋問及び反対尋問を行わず、その供述調書を有罪認定の証拠構造へ組み込んだことが、これらの保障との関係でどのように説明されるのかを検証する必要がある。
無罪推定侵害下で刑事手続が進行したこと
本件では、判決前の公的有罪視が示された後も、刑事手続はそのまま進行した。
2011年(平成23年)10月26日に第1回辞職勧告決議が可決された時点で、圓谷年雄は起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続していた。
この時点では、後に起訴状及び判決書に採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
第1回辞職勧告決議後、勾留期間が延長され、身柄拘束及び取調べが続いた。
同年11月2日付検察官面前供述調書では、携帯電話の発着信履歴、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間が組み合わされ、事故時刻が午後7時40分頃と逆算された。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
また、警察段階の供述調書では、運転開始、走行経路及び運転目的について、「思います」「だと思います」という推測表現が用いられていた。
これに対し、11月2日付検察官面前供述調書では、実際の運転場面に関する記憶が回復したとの記載がないにもかかわらず、運転代行を待ちきれず、自ら運転して帰ろうと考えたという、運転意思及び内心に関する、より断定的な説明へ変化している。
同月9日、午後7時40分頃という時刻が起訴状の公訴事実として採用された。
同月24日、圓谷年雄は、議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
しかし、その説明を受けた11月28日の議会運営委員会では、再度辞職を求める理由及び本会議での採決手順が具体化された。
12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に、第2回辞職勧告決議が可決された。
同月26日に第1回公判が開かれ、2012年(平成24年)1月16日に有罪判決が言い渡された。
この経過から確認できるのは、第1回及び第2回辞職勧告決議が、捜査及び刑事裁判が終了した後の出来事ではなかったということである。
第1回決議は、供述及び事件像がなお形成されている期間中に行われた。
第2回決議は、第1回公判前に、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待つとの意思を示したことを否定的に評価した上で行われた。
その後、判決書の「証拠の標目」には、第三者5名の供述調書が掲げられ、そのうち2名は第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員であった。
第三者5名に対する証人尋問及び反対尋問は行われていない。
これらの事実は、辞職勧告決議が供述形成、起訴又は判決へ具体的に影響したことを、それだけで証明するものではない。
しかし、本件刑事手続が、公的機関による判決前の有罪視が存在する状況の下で進行し、その公的評価に関与した者の供述調書が同じ刑事事件の証拠構造に含まれていたという事実は残る。
したがって、本件では、第1回及び第2回辞職勧告決議自体の無罪推定適合性を判断した上で、公的有罪視が存在する状況の下で形成された供述、公訴事実、証拠構造、公判での認否及び有罪判決について、自由権規約第14条第1項、同条第3項(e)、憲法第31条及び憲法第37条との関係から、追加的かつ慎重な検証を行う必要がある。
有罪判決によって、判決前の無罪推定侵害は治癒されるのか
本件では、平成24年1月16日に有罪判決が言い渡され、その後確定している。
しかし、後に有罪判決が出たからといって、判決前に公的機関が有罪前提の評価を行ったことが当然に正当化されるわけではない。
無罪推定原則は、「結果的に有罪だった者には適用されない」という原則ではない。
むしろ、判決が確定するまで、すべての被疑者・被告人に保障される権利である。
したがって、後に有罪判決が出たとしても、判決前の段階で、公的機関が有罪前提の扱いをした事実は、それ自体として検証されなければならない。
本件で問われるべきなのは、判決が出たかどうかだけではない。
問われるべきなのは、判決に至る前の刑事手続が、無罪推定を侵害された状態の下で進行していたのではないかという点である。
また、判決書が刑事訴訟法上の形式に従って作成されているとしても、それだけで判決前の無罪推定侵害が治癒されるものではない。
刑事訴訟法は、憲法及び日本が締結した国際人権条約に適合して運用されなければならない。
したがって、判決書の形式が整っていること、あるいは判決が確定していることは、判決前の公的有罪視を正当化する理由にはならない。
本件で問われるべきなのは、刑事訴訟法上の形式が整っていたかだけではない。
無罪推定が侵害された状態の下で進行した刑事手続を、なお適正手続・公正裁判として維持できるのかという点である。
この点について、実質的な説明と検証がなされない限り、本件の問題は解消されない。
反復された辞職要求と制度的外圧
本件では、辞職勧告決議は一度にとどまらなかった。
判決前には、第1回及び第2回辞職勧告決議が行われた。
第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日、起訴前の勾留中に可決された。
圓谷年雄は、自らの意思で本会議を欠席したのではなく、起訴前の勾留により出席できない状態に置かれていた。
この決議に先立つ同月24日の議会運営委員会では、逮捕を前提として辞職を求める決議文案と、質疑、委員会付託及び討論を省略して採決する手順が整理されていた。
第2回辞職勧告決議は、同年12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に可決された。
圓谷年雄は、同年11月24日の議員全員協議会で、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示していた。
その4日後の11月28日に開かれた議会運営委員会では、この説明が第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を示さないものと評価され、第2回決議の理由、本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知手順が整理された。
このように、第1回及び第2回辞職勧告決議は、いずれも本会議で突然生じたものではない。
それぞれの議会運営委員会において、辞職を求める理由及び議事処理手順が事前に具体化された上で可決された。
また、これらの決議は議会内部だけにとどまらなかった。
報道を通じて、逮捕、辞職勧告決議、議会内外の批判及び刑事手続の進行状況が社会に伝えられた。
法的拘束力を持たないとしても、公的機関が公式に可決した辞職勧告決議は、本人の政治的地位、名誉及び社会的評価に対する公的圧力として機能し得る。
特に、本件では、第1回決議が起訴前の勾留中に、第2回決議が第1回公判前に行われ、提案理由において犯罪事実が確定したものとして扱われた。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議を、単に「法的拘束力のない意思表示」として処理することはできない。
問われるのは、決議によって圓谷年雄が直ちに議員資格を失ったかではない。
公的機関である須賀川市議会が、刑事責任未確定の段階で、圓谷年雄へ辞職を求め、犯罪事実を確定したものとして公的に評価したことである。
この問題は、決議の国内法上の法的拘束力の有無とは別に、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項との関係で検証されなければならない。
他方、第3回及び第4回辞職勧告決議は、有罪判決確定後に行われたものである。
したがって、これらを判決前の無罪推定侵害そのものとして扱うことは適切ではない。
しかし、第1回及び第2回辞職勧告決議によって形成された公的評価が検証又は是正されないまま、有罪判決確定後にも第3回及び第4回辞職勧告決議が重ねられた。
さらに、第4回辞職勧告決議の時期には、須賀川市長の施政方針演説においても本件への言及が行われた。
本件では、判決前の第1回及び第2回決議について無罪推定との関係が問題となり、判決確定後の第3回及び第4回決議について人格権、名誉、政治的地位及び社会的評価への継続的影響が問題となる。
法的評価の中心は判決前と判決後で異なる。
しかし、地方議会による辞職要求が反復され、報道、社会的非難、市長発言及び最終的な辞職へ接続した以上、一連の公的圧力として連続的に検証する必要がある。
11月24日全員協議会発言の利用問題
本件では、2011年(平成23年)11月24日の議員全員協議会における圓谷年雄の発言が、第2回辞職勧告決議へどのように利用されたかも問題となる。
この時点で、圓谷年雄は起訴後であったが、第1回公判はまだ開かれていなかった。
議員全員協議会は、通常の公開議会とは異なる場であり、圓谷年雄は、弁護士が同席しない状態で、多数の市議会議員の前に出席して説明を求められた。
後の第2回辞職勧告決議の提案理由では、圓谷年雄が、この議員全員協議会において飲酒運転を認めたと説明されている。
一方、圓谷年雄は、議員活動を通じて信頼回復に努めること、後援会から議員を継続するよう要請されていること及び刑事裁判の結果を待って進退を判断することを理由として、議員を続けるとの意思を示した。
圓谷年雄は、刑事裁判による判断を待った上で進退を決めるという意思を明確に示していた。
その4日後の11月28日、須賀川市議会議会運営委員会が開かれた。
議会運営委員会では、11月24日の圓谷年雄の言動について、第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を感じることができなかったとの評価が示された。
また、圓谷年雄が飲酒運転を認める発言をしており、このまま議員を続けることは許されないことを本人に理解させるため、再度決議すべきであるとの趣旨が示された。
その上で、12月1日の本会議において、圓谷年雄を除斥し、提案理由を説明し、質疑及び討論を省略して採決し、可決後に議長室で本人へ告知する手順が整理された。
したがって、11月24日の議員全員協議会における説明は、単に議会が本人の意見を聴いたというだけではない。
圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとしたことが、第1回辞職勧告決議に従わない姿勢として否定的に評価され、第2回辞職勧告決議の理由へ組み込まれた。
刑事責任の有無は、本来、刑事裁判所が適正手続の下で証拠に基づいて判断すべき事項である。
刑事裁判の結果を待つという対応は、無罪推定及び司法手続を尊重する立場から見て、それ自体として不合理なものではない。
それにもかかわらず、第2回辞職勧告決議では、裁判結果を待つとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、さらに、圓谷年雄が在職中に飲酒運転をしたことが既に確定した事実として扱われた。
これは、刑事裁判による判断を待つという本人の立場を否定し、刑事裁判の判断に先行して犯罪事実を断定した公的評価である。
したがって、第2回辞職勧告決議は、その内容及び形成過程の双方において、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項との関係で重大な問題を有する。
自由権規約第14条第1項・第2項・第3項(e)との関係
自由権規約第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
一般的意見32号30項は、無罪推定について、立証責任が検察側にあること、合理的な疑いを超えて立証されるまでは有罪を推定してはならないこと及び被告人に疑いの利益を与えなければならないことを示している。
さらに、裁判所だけでなく、すべての公的機関に対し、裁判結果を予断せず、被告人が有罪であることを前提とする公的発言を控える義務があることを示している。
本件では、第1回辞職勧告決議が起訴前の勾留中に、第2回辞職勧告決議が第1回公判前かつ有罪判決前に行われた。
特に、第2回辞職勧告決議の提案理由では、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、在職中に飲酒運転をしたことが確定した事実として扱われた。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかを、刑事裁判への具体的影響の有無とは独立して判断する必要がある。
無罪推定は、有罪判決の結果を左右したことが証明された場合にだけ保護される権利ではない。
有罪判決が確定する前に、公的機関から有罪者として扱われないこと自体が、その保障内容である。
その上で、自由権規約第14条第1項は、刑事上の罪の決定について、独立かつ公平な裁判所による公正な審理を受ける権利を保障している。
本件では、公的機関による判決前の有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行した。
さらに、判決前の辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件における検察側証拠として、判決書の「証拠の標目」に掲げられた。
この事情は、無罪推定侵害自体とは別に、本件刑事裁判が外部から見ても公正性に疑義のない手続であったかを検証する必要を生じさせる。
また、自由権規約第14条第3項(e)は、被告人に対し、不利益な証人を尋問し又は尋問させ、自己に有利な証人の出席及び尋問を、不利益な証人と同じ条件で求める権利を保障している。
一般的意見32号39項は、この保障が武器対等の原則の適用であり、被告人及び弁護人に、不利益な証人を尋問し、その供述を争う適切な機会を与えるものであることを示している。
本件判決書には、第三者5名の供述調書が証拠として掲げられている。
しかし、第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
判決書のみからは、各供述調書の具体的な採用根拠、弁護側の同意の有無又は各供述調書がどの事実の認定に用いられたかは確認できない。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったという事実だけから、直ちに自由権規約第14条第3項(e)違反を断定するものではない。
しかし、刑事責任確定前の辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名を含む第三者5名について、その供述内容、記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を、公判廷における尋問及び反対尋問によって実質的に争う機会が保障されていたかは、同項及び一般的意見32号39項との関係で具体的に検証されなければならない。
以上のとおり、本件では、無罪推定侵害の問題と、公正な裁判及び証人審問権の問題を区別しながら、相互の関係を検証する必要がある。
無罪推定侵害の成立は、刑事裁判への具体的影響が証明されたか否かだけによって決まるものではない。
一方、公正裁判及び証人審問権の問題については、証拠採用手続、弁護側の対応、反対尋問機会の実質並びに各供述調書が果たした役割を含め、追加的な検証を要する。
国際人権法上の具体的判断例
公的機関が、有罪判決前の被疑者又は被告人を有罪であるかのように扱うことは、単なる政治的発言や社会的評価の問題にとどまらない。
ICCPR第14条第2項が保障する無罪推定との関係で、国際人権法上の問題となる。
自由権規約委員会一般的意見32号30項は、無罪推定について、立証責任は検察側にあり、被告人には疑いの利益が与えられなければならず、合理的な疑いを超えて立証されるまでは有罪を推定してはならないことを示している。
さらに、無罪推定は、裁判所内部における証明責任の問題だけに限られない。
一般的意見32号30項は、すべての公的機関に対し、裁判の結果を先取りしてはならず、被告人が有罪であることを前提とする公的発言を控えなければならないことを明示している。
この点について、自由権規約委員会は、個人通報事例において具体的な判断を示している。
Gridin v. Russian Federation
Gridin v. Russian Federation は、公的機関による判決前の有罪視と報道拡散が、ICCPR第14条第2項の無罪推定に反することを明確に示した事例である。
この事件では、被告人が未決勾留中であった段階で、警察幹部が、被告人が殺人犯であると確信している旨を公表し、その発言がテレビを通じて報道された。
また、捜査機関の高官による発言は、被告人を有罪であるかのように扱う内容を含み、広く報道された。
自由権規約委員会は、公的機関がICCPR第14条第2項によって求められる自制を欠き、被告人の無罪推定を保持しなかったとして、同項違反を認定した。
さらに重要なのは、国内最高裁判所がこの問題に言及しながら、上訴審において具体的な判断を示さなかった点である。
自由権規約委員会は、公的機関による判決前の有罪視が存在したにもかかわらず、国内裁判所がこれを具体的に取り扱わなかったことも含め、無罪推定侵害を認定した。
この事例が示しているのは、公的機関による有罪視が、単なる不用意な発言として処理される問題ではないということである。
公的機関が裁判結果を先取りし、その内容が報道によって拡散された場合、それ自体が無罪推定に対する侵害となり得る。
Larrañaga v. Philippines
Larrañaga v. Philippines は、公的機関による有罪視、報道による拡散、裁判を取り囲む社会的圧力及び刑事手続上の問題が累積した場合に、無罪推定及び公正裁判の保障がどのように侵害されるかを示した事例である。
この事件では、政府高官が、被告人を有罪であるかのように扱う発言を行い、その内容が報道を通じて広く拡散された。
また、裁判の進行中に、被告人に対して死刑を科すべきであるとの圧力が繰り返された。
自由権規約委員会は、公的機関には、裁判の結果を先取りしない義務があることを確認した。
その上で、政府高官による有罪視と報道拡散だけでなく、裁判官による誘導的質問、弁護側のアリバイ立証のための証人尋問の制限、共犯者による不利益供述の取扱い等を総合的に検討した。
特に、自由権規約委員会は、刑事裁判においては、合理的な疑いが残る限り有罪判決を下してはならず、その疑いを解消する責任は検察側にあることを確認した。
また、同じ犯罪について訴追された共犯者による不利益供述については、慎重に取り扱わなければならないことを示した。
この事件では、共犯者が自己の刑事責任との関係で利益を受け、その供述の信用性に疑義が生じる事情が存在していた。
自由権規約委員会は、これらの問題が国内裁判所において適切に扱われなかったことも踏まえ、裁判が無罪推定原則を尊重していなかったとして、ICCPR第14条第2項違反を認定した。
さらに、同委員会は、無罪推定違反だけでなく、公正な裁判、弁護準備のための十分な時間と便宜、弁護人選任、証人尋問、不当に遅延しない裁判、上級裁判所による審査等についても、ICCPR第14条違反を認定した。
そして、ICCPR第2条第3項に基づき、締約国に対して、実効的救済を与えること及び同様の違反を防止する措置を講ずることを求めた。
本件との関係
本件とGridin事件又はLarrañaga事件は、個別の事件内容を異にする。
しかし、公的機関による判決前の有罪視と、その状況の下で進行した刑事手続を検証するという構造には、明確な共通点がある。
本件では、2011年(平成23年)10月26日、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、本会議へ出席できず、事前の弁明又は反論機会も確認できない段階で、第1回辞職勧告決議が可決された。
この決議に先立つ10月24日の議会運営委員会では、逮捕を前提として辞職を求める決議文案と、質疑、委員会付託及び討論を省略して表決する手順が整理されていた。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは続いた。
圓谷年雄の事故時刻に関する記憶が回復したとの記載がないまま、11月2日付検察官面前供述調書において、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から午後7時40分頃という時刻が逆算された。
その時刻は、11月9日の起訴状及び2012年(平成24年)1月16日の判決書へ引き継がれた。
また、2011年(平成23年)11月24日、圓谷年雄は、議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
しかし、11月28日の議会運営委員会では、その説明が第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を示さないものと評価され、第2回辞職勧告決議の理由及び本会議での処理手順が具体化された。
12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に、第2回辞職勧告決議が可決された。
その提案理由では、圓谷年雄が裁判結果を待つとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、在職中に飲酒運転をしたことが確定した事実として扱われた。
これらの決議及び発言は、報道を通じて社会に伝えられた。
さらに、本件判決書の「証拠の標目」には、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書及び検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された第三者2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した須賀川市議会議員であった。
この事実だけから、辞職勧告決議と刑事裁判との間に直接的な因果関係があったと断定することはできない。
しかし、本件の問題は、公的機関による有罪視が報道を通じて拡散されたという外部的圧力だけにとどまらない。
刑事責任確定前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問が行われないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていたという接続が存在する。
したがって、本件では、まず、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由自体を、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項との関係で独立して評価しなければならない。
辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ具体的な影響を及ぼしたことを証明できないという理由によって、決議自体の無罪推定適合性に関する判断を回避することはできない。
その上で、公的有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判との関係で検証する必要がある。
さらに、第三者5名、とりわけ辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名について、証人尋問及び反対尋問を行わず、その供述調書を有罪判決の証拠構造へ組み込んだことを、自由権規約第14条第3項(e)、一般的意見32号39項及び憲法第37条第2項との関係で検証する必要がある。
Gridin事件及びLarrañaga事件が示しているのは、公的機関による判決前の有罪視を、単なる政治的発言又は社会的評価として処理してはならないということである。
本件では、それに加え、公的有罪視に関与した者の供述調書と刑事裁判の証拠構造との関係が存在する。
したがって、議会決議、報道、供述形成、証拠構造及び刑事裁判の公正性を、それぞれの法的問題を区別しながらも、相互に完全に無関係な出来事として切り離さずに検証しなければならない。
憲法第31条、同第37条、同第38条との関係
本件の問題は、自由権規約だけにとどまらない。
日本国憲法との関係でも、重大な問題を有する。
憲法第31条は、法律の定める手続によらなければ、生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科されないことを保障している。
刑事手続においては、形式上法律に定められた手順を踏むだけではなく、被疑者及び被告人の防御権を実質的に保障する公正な手続が求められる。
本件では、起訴前の勾留中に第1回辞職勧告決議が行われ、その後も身柄拘束及び取調べが継続した。
さらに、第1回公判前に第2回辞職勧告決議が行われ、提案理由において犯罪事実が確定したものとして扱われた。
このような公的有罪視が存在する状況の下で、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことは、適正手続の実質との関係で検証されなければならない。
憲法第37条第1項は、すべての刑事事件において、被告人が公平な裁判所による迅速な公開裁判を受ける権利を保障している。
公正な裁判は、裁判所が形式的に設置され、判決書が作成されていれば当然に保障されるものではない。
被告人が、公的機関による判決前の有罪視及び社会的圧力から自由な環境で、防御権を実質的に行使できたかを検証する必要がある。
本件では、判決前に須賀川市議会が辞職勧告決議を行い、その内容が報道を通じて社会に伝えられた。
さらに、その決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠として判決書の「証拠の標目」に掲げられている。
この事実だけから、裁判所が辞職勧告決議の影響を受けたと断定することはできない。
しかし、外部から見ても公正性に疑義のない刑事裁判であったかという観点から、この証拠構造を検証する必要がある。
憲法第37条第2項は、刑事被告人に対し、すべての証人を審問する十分な機会を保障している。
本件判決書には、第三者5名の供述調書が証拠として掲げられている。
しかし、第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
判決書のみからは、各供述調書の証拠採用根拠、弁護側の同意の有無又は各供述調書がどの事実の認定に用いられたかは確認できない。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったことだけから、直ちに憲法第37条第2項違反を断定するものではない。
しかし、辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名を含む第三者5名の供述内容、記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を、公判廷において実質的に争う機会が保障されていたかは、同項との関係で検証されなければならない。
さらに、憲法第38条は、自己に不利益な供述を強要されない権利を保障している。
本件では、第1回辞職勧告決議後も身柄拘束及び取調べが続き、圓谷年雄の記憶状態が変化したとの記載がないまま、記憶のない行動に関する推測供述が、より具体的かつ断定的な内容へ変化した。
その後、第2回辞職勧告決議では、刑事裁判の結果を待つという本人の立場が否定的に評価され、犯罪事実が確定したものとして扱われた。
このような事情が存在することだけから、各供述が法的に強要されたものであると直ちに断定することはできない。
しかし、公判で起訴内容を認めたという結果だけを見て、供述及び公判対応に至る過程の問題がすべて解消されたと評価することもできない。
判決前の公的有罪視、報道による社会的非難、反復された辞職要求、政治的地位への圧力及び継続する刑事手続の下で、自由意思に基づく防御権行使が実質的に保障されていたかを検証する必要がある。
以上のとおり、本件では、憲法第31条の適正手続、憲法第37条第1項の公正な裁判、同条第2項の証人審問権及び憲法第38条の不利益供述強要禁止を、それぞれ区別しながら検証しなければならない。
2025年の是正要求後にも確認された法意識
本件の問題は、平成23年当時の辞職勧告決議だけにとどまらない。
令和7年4月3日、圓谷年雄は、須賀川市及び須賀川市議会に対し、判決前の辞職勧告決議が、無罪推定、適正手続及び人格権との関係で重大な問題を有することを具体的に指摘し、調査、法的評価及び是正措置を求める申入書並びに陳情書を提出した。
これを受け、須賀川市及び須賀川市議会関係者は、同月19日、法律相談を行った。
その内部文書には、次の記載がある。

「逮捕されているため、有罪に近い推定がなされても問題ない。」
出典:須賀川市及び須賀川市議会関係者による法律相談資料
しかし、逮捕は、有罪判決ではない。
逮捕は、捜査機関が一定の嫌疑を前提として身柄拘束を求め、裁判官がその必要性を審査する手続にすぎない。
逮捕されたという事実を理由として、公的機関が有罪に近い推定を行うことは、無罪推定原則と正面から矛盾する。
ICCPR第14条第2項及び自由権規約委員会一般的意見32号30項が保障しているのは、刑事上の罪に問われている者について、有罪判決が確定するまで、すべての公的機関が有罪を前提とする評価を控えることである。
したがって、「逮捕されているため、有罪に近い推定がなされても問題ない」とする考え方は、無罪推定原則の内容を実質的に否定するものである。
さらに、同内部文書には、須賀川市による回答について、具体的な法令解釈を記載せず、「適正に処理している」旨の回答とする方向性が記録されている。
実際に、須賀川市は、同月28日付の回答において、過去の辞職勧告決議について、適正に処理したものとする趣旨の対応を示した。
この経過は、平成23年当時の辞職勧告決議が、単なる過去の一時的判断として終わっていないことを示している。
判決前の者について、有罪に近い推定を許容する法意識が、令和7年に至ってもなお、市及び議会側の対応方針に影響していたのである。
したがって、本件では、平成23年の辞職勧告決議と、令和7年の是正要求後の対応を切り離して考えることはできない。
前者は、判決前の公的有罪視が実際に行われたことを示す。
後者は、その公的有罪視を支えた法意識が、長期間を経てもなお是正されず、改めて確認されたことを示す。
この点において、本件の無罪推定侵害は、過去の出来事として完結していない。
小括
本件は、単なる不祥事議員への政治的批判ではない。
2011年(平成23年)10月24日、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で実況見分が行われ、経路及び約11.5キロメートルという距離に関する捜査資料が形成された。
その約35分後には、須賀川市議会議会運営委員会が開かれ、逮捕を前提として辞職を求める決議文案と、質疑、委員会付託及び討論を省略して採決する手順が整理された。
同月26日、圓谷年雄が起訴前の勾留により本会議へ出席できず、事前の弁明又は反論機会も確認できない状態で、第1回辞職勧告決議が可決された。
その後も身柄拘束及び取調べが続いた。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載がないまま、11月2日付検察官面前供述調書において、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から午後7時40分頃という事故時刻が逆算された。
その時刻は、起訴状及び判決書へ引き継がれた。
同月24日、圓谷年雄は、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
しかし、11月28日の議会運営委員会では、この説明が第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を示さないものと評価され、第2回辞職勧告決議の理由、本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知手順が整理された。
12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に、第2回辞職勧告決議が可決された。
提案理由では、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待つとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、在職中に飲酒運転をしたことが確定した事実として扱われた。
さらに、判決書の「証拠の標目」には、第三者5名の供述調書が掲げられている。
第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
このうち2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した須賀川市議会議員であった。
この事実だけから、辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ具体的な影響を及ぼしたと断定することはできない。
しかし、刑事責任確定前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問が行われないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていた事実は残る。
したがって、本件では、二段階の検証が必要である。
第一に、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項が保障する無罪推定に適合していたかを判断しなければならない。
この判断は、辞職勧告決議が刑事裁判へ具体的な影響を及ぼしたことを証明できるか否かとは独立して行われなければならない。
無罪推定は、有罪判決の結果を左右したことが証明された場合にだけ保護される権利ではない。
有罪判決が確定する前に、公的機関から有罪者として扱われないこと自体が保障内容である。
第二に、公的有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、自由権規約第14条第1項、憲法第31条及び憲法第37条第1項との関係で検証する必要がある。
さらに、第三者5名、とりわけ辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名について、証人尋問及び反対尋問を行わず、その供述調書を有罪判決の証拠構造へ組み込んだことを、自由権規約第14条第3項(e)、一般的意見32号39項及び憲法第37条第2項との関係で検証する必要がある。
後に有罪判決が言い渡され、確定したことは、起訴前及び判決前に行われた公的機関の行為を遡って正当化するものではない。
また、判決書が刑事訴訟法上の形式に従って作成され、判決が確定したことだけによって、無罪推定、公正な裁判、適正手続及び証人審問権に関する問題が当然に解消されるものでもない。
本件で問われるべきなのは、辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力があったか否かだけではない。
刑事責任が確定する前に、公的機関が犯罪事実を確定したものとして圓谷年雄へ辞職を求め、その公的評価が検証又は是正されない状態のまま刑事手続が進行し、その公的評価に関与した者の供述調書が同じ刑事事件の証拠構造に組み込まれたという全体構造である。
この構造を、無罪推定、公正な裁判、適正手続、証人審問権、条約遵守義務及び憲法尊重擁護義務に照らして検証することが、本第4部の結論である。
それでは、事件の記録と検証 第5部 救済を求める活動の経過へお進みください。
