第4部 無罪推定原則の侵害
判決前の公的有罪視と刑事裁判への影響
はじめに
本第4部では、本件における最も重大な構造的問題である、無罪推定原則の侵害について検証する。
本件の問題は、単に飲酒運転事件の事実認定に疑問があるという点にとどまらない。
より根本的な問題は、刑事責任が確定していない段階で、公的機関である須賀川市議会が、当時現職の市議会議員であった圓谷年雄を有罪であるかのように扱い、辞職勧告決議を行ったことである。
第1回辞職勧告決議は起訴前・勾留中に、第2回辞職勧告決議は初公判前・有罪判決前に行われた。
しかも本件では、その後に刑事手続が進行し、勾留、取調べ、供述変遷、起訴、公判での認否、有罪判決へと至っている。
さらに、判決確定前に辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件において、検察官に対する供述調書として判決書の証拠標目に掲げられている。
したがって、本件の無罪推定侵害は、単なる議会内の政治的意思表示や、外部的な社会的雰囲気にとどまるものではない。
公的機関による判決前の有罪視が、刑事手続の進行過程だけでなく、刑事裁判の証拠構造にも接続していた点に、本件の重大性がある。
なお、本第4部は、具体的事実に基づき、本件の違憲・違法構造を検証するものである。
各条文、ICCPR、一般的意見、VCLT、刑訴法、地方自治法の体系的整理については、別ページ「法的主張と違憲違法構造の整理」で扱う。
無罪推定原則とは何か
無罪推定原則とは、刑事上の罪に問われている者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定されるという刑事手続上の基本原則である。
これは、単なる理念ではない。
無罪推定は、刑事手続において、国家権力が個人を処罰するために必ず守らなければならない基本的保障である。
刑事責任が確定していない段階で、国家機関や公的機関が被疑者・被告人を有罪であるかのように扱うことは、本人の名誉や社会的信用を侵害するだけでなく、取調べ、公判での認否、防御権行使、裁判の公正性に重大な影響を与える。
市民的及び政治的権利に関する国際規約、すなわちICCPR第14条第2項は、刑事上の罪に問われているすべての者について、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
また、国連自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、無罪推定原則について、裁判所だけでなく、すべての公的機関が、判決前の者を有罪であるかのように扱うことを避けなければならない旨を示している。
したがって、無罪推定原則は、刑事裁判所の内部だけに限られるものではない。
議会、行政、捜査機関、その他の公的機関もまた、判決前の者を有罪であるかのように扱ってはならない。
本件では、この原則が、判決確定前の段階で、須賀川市議会によって侵害された疑いがある。
本件における侵害の構造
本件において、無罪推定原則の侵害は、単発の出来事ではない。
平成23年10月19日、圓谷年雄は道路交通法違反の容疑で逮捕された。
その後、同月26日、圓谷年雄はいまだ起訴前であり、勾留中であり、本人欠席の状態にあったにもかかわらず、須賀川市議会は第1回辞職勧告決議を可決した。
この時点で、刑事裁判は始まっていない。
起訴すらされていない。
にもかかわらず、市議会は、圓谷年雄に対し、市議会議員として辞職すべきであるとの決議を行った。
さらに、平成23年12月1日、初公判すら開かれていない段階で、第2回辞職勧告決議が可決された。
この第2回決議では、圓谷年雄が「飲酒運転を認めた」ことや、「在職中に飲酒運転をした」ことを前提とする趣旨の発言がなされている。
しかし、この時点でも、有罪判決は存在していない。
つまり、本件では、刑事責任が確定していない段階で、公的機関である市議会が、有罪を前提とする評価を公式に行ったことになる。
これは、単なる政治的批判や道義的意見表明として処理できる問題ではない。
市議会は、私人ではない。
地方公共団体の議決機関であり、公的機関である。
その公的機関が、判決前に有罪を前提とする辞職勧告決議を行ったのである。
少なくとも第1回及び第2回辞職勧告決議は、刑事裁判の結論が出る前に、議会が被疑者・被告人の政治的・道義的責任を公的に断定し、辞職を求めたものと位置づけられる。
このような公的評価は、無罪推定原則と正面から衝突する。
決議賛成議員の供述調書が刑事裁判の証拠構造に含まれていること
本件では、さらに重大な事実がある。
第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件において、検察官に対する供述調書として判決書の証拠標目に掲げられている。
これは、単なる「議会の雰囲気」や「報道による社会的影響」にとどまる問題ではない。
判決確定前に、議会として有罪前提の辞職勧告決議に賛成した公的立場の人物の供述が、刑事裁判の証拠構造に含まれていたということである。
この事実は、供述内容の真偽をここで断定する以前に、刑事裁判の公正性及び無罪推定との関係で重大な意味を持つ。
公正な裁判は、実際に公平であるだけでは足りない。
外部から見ても、公平性に疑義を生じさせないものでなければならない。
判決確定前に有罪前提の辞職勧告決議に関与した者の供述調書が、刑事裁判の証拠標目に掲げられている以上、本件では、無罪推定侵害が刑事裁判の外側にとどまっていたとはいえない。
むしろ、公的機関による判決前の有罪視が、刑事裁判の証拠構造に接続していたことを示す客観的事実として、厳格に検証されるべきであった。
この点において、本件は、単なる外部的圧力の事案ではない。
無罪推定を侵害する決議に関与した者の供述が、同じ刑事裁判の証拠構造に含まれていたという問題を含む事案である。
無罪推定侵害下で刑事手続が進行したこと
本件では、無罪推定を侵害する辞職勧告決議がなされた後も、刑事手続はそのまま進行した。
平成23年10月26日に第1回辞職勧告決議が可決された後、勾留は継続された。
その後、同年11月2日には検察官による取調べが行われ、供述調書が作成された。
この検察官面前調書では、事故時刻に関する供述が、従前の午後7時50分頃から午後7時40分頃へと整理されている。
同年11月9日には起訴され、同年12月1日には第2回辞職勧告決議が可決された。
その後、同年12月26日に初公判が開かれ、平成24年1月16日に有罪判決が言い渡された。
この流れを見ると、本件刑事手続は、判決前の公的有罪視が存在する状態の下で進行していたことが分かる。
問題は、単に辞職勧告決議があったというだけではない。
その決議の後に、勾留、取調べ、供述変遷、起訴、公判での認否、有罪判決が続いたことである。
したがって、本件は、刑事手続の途中に偶然政治的出来事があったという話ではない。
公的機関による有罪前提の評価が存在する状態の下で、刑事手続が進行した事件である。
このような状況の下で形成された供述、起訴、公判での認否、有罪判決については、通常以上に慎重な検証が必要であった。
有罪判決によって、判決前の無罪推定侵害は治癒されるのか
本件では、平成24年1月16日に有罪判決が言い渡され、その後確定している。
しかし、後に有罪判決が出たからといって、判決前に公的機関が有罪前提の評価を行ったことが当然に正当化されるわけではない。
無罪推定原則は、「結果的に有罪だった者には適用されない」という原則ではない。
むしろ、判決が確定するまで、すべての被疑者・被告人に保障される権利である。
したがって、後に有罪判決が出たとしても、判決前の段階で、公的機関が有罪前提の扱いをした事実は、それ自体として検証されなければならない。
本件で問われるべきなのは、判決が出たかどうかだけではない。
問われるべきなのは、判決に至る前の刑事手続が、無罪推定を侵害された状態の下で進行していたのではないかという点である。
また、判決書が刑事訴訟法上の形式に従って作成されているとしても、それだけで判決前の無罪推定侵害が治癒されるものではない。
刑事訴訟法は、憲法及び日本が締結した国際人権条約に適合して運用されなければならない。
したがって、判決書の形式が整っていること、あるいは判決が確定していることは、判決前の公的有罪視を正当化する理由にはならない。
本件で問われるべきなのは、刑事訴訟法上の形式が整っていたかだけではない。
無罪推定が侵害された状態の下で進行した刑事手続を、なお適正手続・公正裁判として維持できるのかという点である。
この点について、実質的な説明と検証がなされない限り、本件の問題は解消されない。
反復された辞職要求と制度的外圧
本件では、辞職勧告決議は一度にとどまらなかった。
第1回決議、第2回決議の後も、須賀川市議会はさらに辞職勧告決議を繰り返した。
また、報道を通じて、辞職勧告決議の内容や議会内外の批判が社会に広く伝えられた。
これにより、圓谷年雄に対する社会的非難は継続的に形成された。
議会による決議、報道による拡散、議会外からの辞職要求、市長発言、社会的非難が重なり、最終的に議員辞職に至るまで、制度的外圧は継続した。
このような状況において、辞職勧告決議は、単なる拘束力のない政治的意思表示にとどまっていたとはいえない。
法的拘束力を持たないとしても、公的機関が公式に可決した決議は、社会的・政治的圧力として機能し得る。
特に、刑事責任が確定していない段階で、議会が有罪前提の決議を繰り返した場合、その影響は重大である。
本件では、議会の決議が報道と結びつき、社会的非難として拡散され、最終的に政治的地位の喪失に至っている。
したがって、辞職勧告決議を単に「法的拘束力がない意思表示」として片づけることはできない。
その実質的効果こそが、無罪推定原則との関係で問われなければならない。
11月24日全員協議会発言の利用問題
本件では、平成23年11月24日の議員全員協議会における発言も問題となる。
この全員協議会は、通常の公開議会とは異なる場であり、多数の議員が出席する中で、本人に説明が求められた場であった。
また、弁護士が同席していたわけではなく、刑事事件の防御方針を十分に整理できる環境であったとはいえない。
そのような場における発言が、後に「飲酒運転を認めた」との形で議会側により第2回辞職勧告決議の根拠として扱われた。
しかし、刑事責任の認定は、本来、刑事裁判所が適正手続の下で行うべきものである。
議会内の協議の場における発言をもって、刑事責任を前提とするような評価を行うことは、無罪推定原則との関係で慎重でなければならない。
特に、本件では、初公判前に第2回辞職勧告決議が行われている。
この時点で、裁判所による事実認定はまだ行われていない。
それにもかかわらず、市議会が「飲酒運転を認めた」「在職中に飲酒運転をした」という趣旨の評価を前提に辞職勧告決議を行ったことは、刑事裁判の判断に先行する公的有罪視である。
この点でも、第2回決議は、無罪推定原則との関係で極めて重大な問題を有する。
ICCPR第14条第1項・第2項との関係
ICCPR第14条第1項は、公正な裁判を受ける権利を保障している。
また、同条第2項は、刑事上の罪に問われているすべての者について、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
前記の通り、本件では、起訴前・勾留中に第1回決議が、初公判前に第2回決議が行われ、いずれも刑事責任が確定していない段階で市議会が有罪を前提とする評価を公的に行った。
これらは、ICCPR第14条第2項及び一般的意見32号30項に照らして、重大な無罪推定侵害を構成する。
さらに、前記の通り、辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、刑事判決の証拠標目に掲げられている。
この事実により、本件の無罪推定侵害は、単なる外部的圧力にとどまらず、刑事裁判の証拠構造にも関係する問題となっている。
国際人権法上の具体的判断例
公的機関が、有罪判決前の被疑者又は被告人を有罪であるかのように扱うことは、単なる政治的発言や社会的評価の問題にとどまらない。
ICCPR第14条第2項が保障する無罪推定との関係で、国際人権法上の問題となる。
自由権規約委員会一般的意見32号30項は、無罪推定について、立証責任は検察側にあり、被告人には疑いの利益が与えられなければならず、合理的な疑いを超えて立証されるまでは有罪を推定してはならないことを示している。
さらに、無罪推定は、裁判所内部における証明責任の問題だけに限られない。
一般的意見32号30項は、すべての公的機関に対し、裁判の結果を先取りしてはならず、被告人が有罪であることを前提とする公的発言を控えなければならないことを明示している。
この点について、自由権規約委員会は、個人通報事例において具体的な判断を示している。
Gridin v. Russian Federation
Gridin v. Russian Federation は、公的機関による判決前の有罪視と報道拡散が、ICCPR第14条第2項の無罪推定に反することを明確に示した事例である。
この事件では、被告人が未決勾留中であった段階で、警察幹部が、被告人が殺人犯であると確信している旨を公表し、その発言がテレビを通じて報道された。
また、捜査機関の高官による発言は、被告人を有罪であるかのように扱う内容を含み、広く報道された。
自由権規約委員会は、公的機関がICCPR第14条第2項によって求められる自制を欠き、被告人の無罪推定を保持しなかったとして、同項違反を認定した。
さらに重要なのは、国内最高裁判所がこの問題に言及しながら、上訴審において具体的な判断を示さなかった点である。
自由権規約委員会は、公的機関による判決前の有罪視が存在したにもかかわらず、国内裁判所がこれを具体的に取り扱わなかったことも含め、無罪推定侵害を認定した。
この事例が示しているのは、公的機関による有罪視が、単なる不用意な発言として処理される問題ではないということである。
公的機関が裁判結果を先取りし、その内容が報道によって拡散された場合、それ自体が無罪推定に対する侵害となり得る。
Larrañaga v. Philippines
Larrañaga v. Philippines は、公的機関による有罪視、報道による拡散、裁判を取り囲む社会的圧力及び刑事手続上の問題が累積した場合に、無罪推定及び公正裁判の保障がどのように侵害されるかを示した事例である。
この事件では、政府高官が、被告人を有罪であるかのように扱う発言を行い、その内容が報道を通じて広く拡散された。
また、裁判の進行中に、被告人に対して死刑を科すべきであるとの圧力が繰り返された。
自由権規約委員会は、公的機関には、裁判の結果を先取りしない義務があることを確認した。
その上で、政府高官による有罪視と報道拡散だけでなく、裁判官による誘導的質問、弁護側のアリバイ立証のための証人尋問の制限、共犯者による不利益供述の取扱い等を総合的に検討した。
特に、自由権規約委員会は、刑事裁判においては、合理的な疑いが残る限り有罪判決を下してはならず、その疑いを解消する責任は検察側にあることを確認した。
また、同じ犯罪について訴追された共犯者による不利益供述については、慎重に取り扱わなければならないことを示した。
この事件では、共犯者が自己の刑事責任との関係で利益を受け、その供述の信用性に疑義が生じる事情が存在していた。
自由権規約委員会は、これらの問題が国内裁判所において適切に扱われなかったことも踏まえ、裁判が無罪推定原則を尊重していなかったとして、ICCPR第14条第2項違反を認定した。
さらに、同委員会は、無罪推定違反だけでなく、公正な裁判、弁護準備のための十分な時間と便宜、弁護人選任、証人尋問、不当に遅延しない裁判、上級裁判所による審査等についても、ICCPR第14条違反を認定した。
そして、ICCPR第2条第3項に基づき、締約国に対して、実効的救済を与えること及び同様の違反を防止する措置を講ずることを求めた。
本件との関係
本件とGridin事件又はLarrañaga事件は、個別の事件内容を異にする。
しかし、無罪推定との関係で検討すべき構造には、明確な共通点がある。
本件では、平成23年10月26日、本人が起訴前・勾留中であり、弁明の機会も与えられていない段階で、公的機関である須賀川市議会が、第1回辞職勧告決議を可決した。
さらに、同年12月1日には、初公判前であるにもかかわらず、公開の議場において、本人が「飲酒運転を認めた」こと及び「在職中に飲酒運転をした」ことを前提とする発言がなされた。
これらの決議及び発言は、報道を通じて社会的に拡散された。
また、本件では、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件において、検察官に対する供述調書として判決書の証拠標目に掲げられている。
この点は、本件とGridin事件又はLarrañaga事件を比較する上で、特に重要である。
本件の問題は、公的機関による有罪視が報道を通じて拡散されたという外部的圧力だけにとどまらない。
有罪前提の辞職勧告決議に賛成した者の供述調書が、同じ刑事裁判の証拠構造に含まれていたという、より直接的な接続が存在する。
さらに、第1回辞職勧告決議の後も、勾留、取調べ、供述変遷、起訴、公判での認否、有罪判決という刑事手続が進行した。
したがって、本件では、公的機関による判決前の有罪視、報道による拡散、供述形成過程、刑事裁判の証拠構造及び裁判の公正性を、相互に切り離して扱うことはできない。
Gridin事件及びLarrañaga事件が示しているのは、公的機関による判決前の有罪視を、単なる政治的発言又は社会的評価として片づけてはならないということである。
公的機関が、刑事責任が確定していない者について、有罪を前提とする評価を公に示した場合、その行為自体が、ICCPR第14条第2項が保障する無罪推定と正面から衝突する。
したがって、本件において、須賀川市議会が判決前に有罪を前提とする辞職勧告決議を可決し、その内容を公に示したこと自体について、無罪推定侵害として評価されなければならない。
さらに、本件では、その決議及び発言が報道を通じて社会的に拡散され、その後も勾留、取調べ、供述変遷、起訴、公判での認否及び有罪判決へと刑事手続が進行した。
しかも、辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件の証拠標目に掲げられている。
これらの事実は、無罪推定侵害が公的機関による発言又は決議の段階にとどまらず、刑事手続の進行過程及び証拠構造にも直接接続していたことを示している。
憲法31条・37条・38条との関係
本件の問題は、ICCPRだけにとどまらない。
日本国憲法との関係でも、重大な問題を有する。
憲法31条は、適正手続を保障している。
刑事手続において、国家が個人に不利益を与えるためには、法律に基づく適正な手続が必要である。
無罪推定原則は、この適正手続の中核に位置する。
判決確定前に公的機関が有罪前提の評価を行い、その状態の下で刑事手続が進行した場合、適正手続の実質が損なわれる。
また、憲法37条は、公平な裁判所による公正な裁判を受ける権利を保障している。
公正な裁判とは、裁判所が形式的に存在するだけでは足りない。
被告人が、外部の公的有罪視や制度的圧力から自由な環境で、防御権を行使できることが必要である。
本件では、判決確定前に、市議会が有罪前提の辞職勧告決議を行い、その内容が報道を通じて社会に拡散された。
さらに、前記の通り、その決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、刑事判決の証拠標目に掲げられている。
このような事情がある以上、本件刑事裁判が、外部から見ても公正性に疑義のない裁判であったのかは、厳格に検証されなければならない。
さらに、憲法38条は、自己に不利益な供述を強要されない権利を保障している。
本件では、無罪推定を侵害する辞職勧告決議がなされた状態の下で、取調べが行われ、供述が作成され、公判での認否に至っている。
このような状況において、公判で起訴内容を認めたという一事をもって、すべての問題が解消されるわけではない。
問題は、認めたか否かだけではない。
問題は、認めるに至った過程において、自由意思に基づく防御権行使が実質的に保障されていたのかという点である。
判決前の公的有罪視、報道による社会的非難、議会による反復的な辞職要求、政治的地位への圧力が存在する状況では、被告人が否認を維持し、防御権を十分に行使することは容易ではない。
したがって、本件では、公判での認否や供述調書についても、無罪推定侵害下で形成されたものとして、その任意性・信用性が慎重に検証される必要があった。
2025年の是正要求後にも確認された法意識
本件の問題は、平成23年当時の辞職勧告決議だけにとどまらない。
令和7年4月3日、圓谷年雄は、須賀川市及び須賀川市議会に対し、判決前の辞職勧告決議が、無罪推定、適正手続及び人格権との関係で重大な問題を有することを具体的に指摘し、調査、法的評価及び是正措置を求める申入書並びに陳情書を提出した。
これを受け、須賀川市及び須賀川市議会関係者は、同月19日、法律相談を行った。
その内部文書には、次の記載がある。

「逮捕されているため、有罪に近い推定がなされても問題ない。」
しかし、逮捕は、有罪判決ではない。
逮捕は、捜査機関が一定の嫌疑を前提として身柄拘束を求め、裁判官がその必要性を審査する手続にすぎない。
逮捕されたという事実を理由として、公的機関が有罪に近い推定を行うことは、無罪推定原則と正面から矛盾する。
ICCPR第14条第2項及び自由権規約委員会一般的意見32号30項が保障しているのは、刑事上の罪に問われている者について、有罪判決が確定するまで、すべての公的機関が有罪を前提とする評価を控えることである。
したがって、「逮捕されているため、有罪に近い推定がなされても問題ない」とする考え方は、無罪推定原則の内容を実質的に否定するものである。
さらに、同内部文書には、須賀川市による回答について、具体的な法令解釈を記載せず、「適正に処理している」旨の回答とする方向性が記録されている。
実際に、須賀川市は、同月28日付の回答において、過去の辞職勧告決議について、適正に処理したものとする趣旨の対応を示した。
この経過は、平成23年当時の辞職勧告決議が、単なる過去の一時的判断として終わっていないことを示している。
判決前の者について、有罪に近い推定を許容する法意識が、令和7年に至ってもなお、市及び議会側の対応方針に影響していたのである。
したがって、本件では、平成23年の辞職勧告決議と、令和7年の是正要求後の対応を切り離して考えることはできない。
前者は、判決前の公的有罪視が実際に行われたことを示す。
後者は、その公的有罪視を支えた法意識が、長期間を経てもなお是正されず、改めて確認されたことを示す。
この点において、本件の無罪推定侵害は、過去の出来事として完結していない。
小括
本件は、単なる不祥事議員への政治的批判ではない。
刑事裁判の結論が確定する前に、地方議会が有罪を前提とする辞職勧告決議を可決し、それが報道を通じて社会的非難として拡散され、さらに辞職勧告が反復され、議会外組織及び市長発言も加わって、最終的に議員辞職に至った事案である。
さらに、本件では、判決確定前に辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書が、刑事判決の証拠標目に掲げられている。
この点において、本件の無罪推定侵害は、単なる外部的・社会的圧力にとどまらず、刑事裁判の証拠構造そのものにも接続していた。
この構造は、無罪推定原則の侵害を起点として、公正な裁判、適正手続、司法判断に先行する公的有罪視、民主的代表制、憲法99条の尊重擁護義務に関わる複合的な憲法問題を含む。
本件において問われるべきなのは、辞職勧告決議に形式上の法的拘束力があったか否かだけではない。
問われるべきなのは、法的拘束力を持たないはずの決議が、議会、報道、市長発言、社会的非難と結びつくことによって、刑事裁判の結論が確定する前から、圓谷年雄を有罪前提で社会的・政治的に排除する制度的外圧として機能したのではないかという点である。
そして、その有罪前提の制度的外圧に関与した者の供述調書が、同じ刑事裁判の証拠構造に含まれていたという点である。
したがって、本件は、刑事訴訟法上の形式的処理だけで解決できる問題ではない。
憲法、国際人権法、法律の全体構造に照らし、無罪推定が侵害された状態の下で進行した刑事手続と有罪判決を、なお適正手続として維持できるのかが問われるべき事案である。
それでは、第5部 救済を求める活動の経過へお進みください。
