資料の概要
資料名:
平成23年検第300814号 起訴状
作成日:
2011年(平成23年)11月9日
作成主体:
福島地方検察庁郡山支部
宛先:
福島地方裁判所郡山支部
事件名:
道路交通法違反被告事件
被告人の職業:
市議会議員
被告人の身柄状況:
勾留中 須賀川警察署留置施設
資料の種類:
起訴状
掲載形式:
個人情報等を必要な範囲で非公開処理したPDF
原文PDF:
この資料で確認できる事実
本資料は、福島地方検察庁郡山支部が、2011年(平成23年)11月9日付で福島地方裁判所郡山支部に提出した起訴状である。
→判決についての 詳細は「福島地方裁判所郡山支部判決書―有罪判決の理由と本件で検証すべき論点」を参照。
事件番号は、平成23年検第300814号である。
起訴状には、被告人の職業として、市議会議員と記載されている。
また、被告人の身柄状況として、勾留中、須賀川警察署留置施設と記載されている。
公訴事実では、被告人が、酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、2011年(平成23年)10月18日午後7時40分頃、福島県須賀川市内の道路において、普通乗用自動車を運転したものとされている。
罪名及び罰条は、道路交通法違反、同法第117条の2第1号、第65条第1項とされている。
本資料の末尾には、2011年(平成23年)11月9日付で、福島地方検察庁郡山支部の検察事務官による謄本である旨の記載がある。
したがって、本資料からは、2011年(平成23年)11月9日の起訴時点において、公訴事実として、事故又は運転の時刻が午後7時40分頃とされていたことが確認できる。
重要な記載
本資料で特に重要なのは、公訴事実において、2011年(平成23年)10月18日午後7時40分頃という時刻が採用されている点である。
本件では、逮捕容疑及び警察段階の資料では、事故時刻又は運転時刻について午後7時50分頃という扱いが確認されている。
実況見分調書においても、午後7時50分頃という時刻が採用されていた。
しかし、2011年(平成23年)11月2日の検察官面前調書において、本人の供述は午後7時40分頃へ変更されている。
そして、本資料である2011年(平成23年)11月9日の起訴状では、午後7時40分頃が公訴事実として記載されている。
その後、2012年(平成24年)1月16日の判決書でも、午後7時40分頃が罪となるべき事実として採用されている。
したがって、本資料は、午後7時40分頃という時刻が、検察官の訴因として正式に裁判所へ提出されたことを示す資料である。
この時刻変更は、単なる10分の違いではない。
事故時刻又は運転時刻は、代行業者との連絡履歴、運転開始時刻、事故現場までの走行時間、目撃情報との整合性、検察官面前調書における供述変更の信用性、合理的疑いを超える証明の有無を検討するための基準点となる。
したがって、本資料は、午後7時50分頃から午後7時40分頃への変更が、捜査段階の供述にとどまらず、起訴状の公訴事実として固定されたことを確認する上で重要である。
また、本資料には、被告人の職業として市議会議員と記載されている。
この点は、後の判決書において、市議会議員という地位が量刑上不利な事情として評価されていることと接続する点として重要である。
さらに、本資料には、被告人が勾留中であり、須賀川警察署留置施設にいたことも記載されている。
このことは、起訴時点において、本人がなお身柄拘束下にあったことを示している。
本件では、2011年(平成23年)10月26日に、起訴前、勾留中、本人欠席のまま第1回辞職勧告決議が行われている。
その後、本資料により、2011年(平成23年)11月9日に起訴されたことが確認できる。
したがって、本資料は、第1回辞職勧告決議が、起訴前の段階で行われていたことを時系列上確認するためにも重要である。
刑事手続上の位置付け
本資料は、2011年(平成23年)11月9日に作成された起訴状である。
起訴状は、検察官が裁判所に対して公訴を提起するための文書であり、本件が捜査段階から公判段階へ移行したことを示す資料である。
本件では、2011年(平成23年)10月19日に逮捕され、同月21日に検察官送致された。
その後、勾留期限を迎えるにあたり、検察官が勾留延長を請求し、裁判官により勾留延長が許可されたものと整理される。
そして、同年11月2日に検察官による取調べが行われ、検察官面前調書が作成された。
この検察官面前調書において、事故時刻又は運転時刻に関する供述に重大な変更が生じた。
その後、同年11月9日に本資料である起訴状が作成され、公訴事実として午後7時40分頃が記載された。
つまり、本資料は、午後7時40分頃という時刻が、単なる取調べ段階の供述にとどまらず、検察官により裁判所へ提出された公訴事実として固定された段階を示す資料である。
また、本資料には、被告人の身柄状況として「勾留中 須賀川警察署留置施設」と記載されている。
このことは、起訴時点においても、本人がなお身体拘束下にあったことを示している。
したがって、本資料は、逮捕、送致、勾留、勾留延長、検察官取調べ、起訴、公判という刑事訴訟法上の手続の流れの中で位置付ける必要がある。
本件では、この身体拘束を伴う刑事手続の途中で、2011年(平成23年)10月26日に第1回辞職勧告決議が行われている。
第1回辞職勧告決議は、起訴前、勾留中、本人欠席の段階で行われた。
したがって、本資料は、刑事手続上、起訴前に公的機関である市議会が有罪を前提とするような辞職勧告決議を行い、その後、本人がなお勾留中の状態で起訴されたことを時系列上確認するための資料でもある。
この資料から生じる疑問
1 なぜ公訴事実は午後7時40分頃とされたのか
本資料では、公訴事実として、2011年(平成23年)10月18日午後7時40分頃という時刻が記載されている。
しかし、本件では、逮捕容疑及び警察段階の資料では、午後7時50分頃という扱いが確認されている。
実況見分調書においても、午後7時50分頃という時刻が採用されていた。
その後、2011年(平成23年)11月2日の検察官面前調書において、午後7時40分頃へ変更され、起訴状でも午後7時40分頃が採用されている。
なぜ、検察官は、公訴事実として午後7時40分頃を採用したのか。
その根拠は、本人の体験記憶に基づく供述だったのか。
それとも、捜査側から示された情報を前提に形成された推測供述だったのか。
この点は、供述形成過程及び合理的疑いを超える証明との関係で検証する必要がある。
2 午後7時40分頃という訴因は、判決の事実認定とどのように接続したのか
本資料では、午後7時40分頃が公訴事実として記載されている。
その後、2012年(平成24年)1月16日の判決書でも、同じく午後7時40分頃が罪となるべき事実として採用されている。
このことは、検察官が起訴状で設定した時刻が、最終的に裁判所の事実認定にも採用されたことを示している。
そのため、午後7時40分頃という訴因が、どの証拠に基づき、どのように公判で維持され、判決に採用されたのかを検証する必要がある。
3 起訴時点で本人が勾留中であったことは、供述形成との関係でどのような意味を持つのか
本資料には、被告人が勾留中であり、須賀川警察署留置施設にいたことが記載されている。
本件では、2011年(平成23年)10月19日に通常逮捕され、身柄拘束下で取調べが行われている。
起訴状が作成された2011年(平成23年)11月9日時点でも、本人は勾留中であった。
このことは、検察官面前調書及び起訴状に至る供述形成が、身柄拘束下で行われていたことを示している。
したがって、午後7時40分頃という訴因が、どのような身柄拘束状況、取調べ状況、供述形成過程の中で成立したのかを検証する必要がある。
4 身体拘束を伴う刑事手続の途中で第1回辞職勧告決議が行われたことは、どのように評価されるのか
本件では、2011年(平成23年)10月19日に逮捕され、同月21日に検察官送致された。
その後、勾留及び勾留延長を経て、同年11月2日に検察官による取調べが行われ、同月9日に本資料である起訴状が作成されている。
本資料には、被告人の身柄状況として、勾留中、須賀川警察署留置施設と記載されている。
このことは、起訴時点においても、本人がなお身体拘束下にあったことを示している。
一方で、第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日に行われている。
つまり、第1回辞職勧告決議は、起訴前であり、かつ本人が身体拘束を受けている時期に、本人欠席のまま行われた。
この時系列は重要である。
刑事訴訟法上の身体拘束手続が進行し、取調べ及び供述調書の作成が続いている時期に、公的機関である市議会が、飲酒運転による逮捕を理由として辞職勧告決議を行ったことは、無罪推定、公正な裁判、供述形成及び防御権との関係でどのように評価されるのか。
この問題は、辞職勧告決議が起訴状や判決に現実に影響したかどうかだけに限定されない。
起訴前の段階で、公的機関が有罪を前提とするような意思表示を行ったこと自体が、自由権規約第14条第2項に抵触する問題として独立して成立する。
その上で、そのような公的有罪視が、身体拘束下での供述形成、検察官面前調書、午後7時40分頃という公訴事実の設定、公判廷での認否及び判決にどのように接続したのかを追加的に検証する必要がある。
5 第1回辞職勧告決議と起訴状の時系列はどのような意味を持つのか
本資料は、2011年(平成23年)11月9日に作成された起訴状である。
一方で、第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日に行われている。
つまり、第1回辞職勧告決議は、本資料による起訴より前に、起訴前、勾留中、本人欠席の段階で行われていた。
この時系列は重要である。
公的機関である市議会が、起訴前の段階で、有罪を前提とするような辞職勧告決議を行ったこと自体が、自由権規約第14条第2項の無罪推定との関係で独立した問題となる。
影響の有無は、この問題とは別の次元で、追加的に検証されるべき事項である。
その上で、起訴前の公的有罪視が、本人の供述形成、検察官面前調書、公訴事実の設定、公判廷での認否にどのように接続したのかを検証する必要がある。
6 市議会議員という職業記載は、後の量刑判断とどのように接続したのか
本資料には、被告人の職業として市議会議員と記載されている。
この記載自体は、起訴状における被告人の属性の記載である。
しかし、後の判決書では、市議会議員という地位が量刑上不利な事情として明確に評価されている。
したがって、起訴状において市議会議員という属性が記載され、判決においてその地位が量刑上重く扱われた一方で、同じ市議会から判決前に辞職勧告決議が行われていたことが、どのように扱われたのかを検証する必要がある。
関連法規・条約・国際法上の基準
国内法
日本国憲法第31条: 適正手続の保障との関係が問題となる。身柄拘束下で形成された供述、午後7時40分頃という訴因の設定、起訴前の公的有罪視との関係を検証する必要がある。
日本国憲法第37条: 公平な裁判所による裁判を受ける権利との関係が問題となる。判決前に公的機関である市議会が辞職勧告決議を行っていた状況下で、刑事裁判の公正がどのように確保されていたのかを検討する必要がある。
刑事訴訟法第256条: 起訴状の方式及び公訴事実の記載との関係が問題となる。本資料では、公訴事実として午後7時40分頃が記載されており、その訴因が後の判決で採用されていることが重要である。
刑事訴訟法第336条: 被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪を言い渡さなければならないとする規定との関係が問題となる。午後7時40分頃という訴因が、合理的疑いを超える証明により支えられていたのかを検証する必要がある。
国際人権条約 自由権規約(ICCPR)
自由権規約第14条第1項: 公正な裁判を受ける権利との関係が問題となる。起訴前に公的機関である市議会が辞職勧告決議を行っていた状況が、その後の供述形成、公訴事実の設定及び刑事裁判の公正とどのように関係するのかを検討する必要がある。
自由権規約第14条第2項: 無罪推定との関係が問題となる。刑事上の罪に問われている者は、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される。本件では、起訴前に第1回辞職勧告決議が行われていたことが、この規定との関係で問題となる。
自由権規約第2条第3項: 実効的救済との関係が問題となる。無罪推定や公正な裁判との関係で問題が生じた場合に、国内制度において実効的な救済が与えられたのかを検討する必要がある。
条約の履行及び解釈に関する基準
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第26条: 効力を有する条約は当事国を拘束し、誠実に履行されなければならない。日本が批准した自由権規約を誠実に履行すべき義務との関係が問題となる。
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第27条: 国内法を理由として、条約上の義務を履行しないことを正当化できない。国内制度上、地方議会の辞職勧告決議が法的拘束力を持たない意思表示と説明されるとしても、それを理由に自由権規約上の問題を検討しなくてよいことになるのかが問題となる。
※各規定の詳しい解釈、本件への適用及び相互関係については、法的主張と違憲違法構造の整理で検討する。
本件との関係
本資料は、検察官が、2011年(平成23年)11月9日に、どのような公訴事実により本件を起訴したのかを示す中心資料である。
本資料により、起訴時点で、公訴事実が午後7時40分頃とされていたことが確認できる。
また、本資料には、被告人の身柄状況として、勾留中、須賀川警察署留置施設と記載されている。
この点は、本資料を刑事訴訟法上の手続の流れの中で位置付ける上で重要である。
本件では、2011年(平成23年)10月19日に逮捕され、同月21日に検察官送致された。
その後、勾留及び勾留延長を経て、同年11月2日に検察官による取調べが行われ、検察官面前調書が作成された。
この検察官面前調書において、事故時刻又は運転時刻に関する供述に重大な変更が生じた。
その後、同年11月9日に本資料である起訴状が作成され、公訴事実として午後7時40分頃が記載された。
つまり、本資料は、逮捕、送致、勾留、勾留延長、検察官取調べ、起訴、公判という刑事手続の中で、午後7時40分頃という時刻が検察官の訴因として正式に裁判所へ提出された段階を示す資料である。
本件では、逮捕容疑及び警察段階の資料では、事故時刻又は運転時刻が午後7時50分頃として扱われていた。
実況見分調書においても、午後7時50分頃という時刻が採用されていた。
その後、2011年(平成23年)11月2日の検察官面前調書において、午後7時40分頃へ変更され、本資料である起訴状において、午後7時40分頃が公訴事実として記載された。
そして、2012年(平成24年)1月16日の判決書でも、午後7時40分頃が罪となるべき事実として採用されている。
したがって、本資料は、午後7時50分頃から午後7時40分頃への変更が、供述調書上の変化にとどまらず、検察官の訴因として固定され、最終的に判決の事実認定へ接続したことを確認するための基礎資料である。
さらに重要なのは、第1回辞職勧告決議との時系列である。
本資料による起訴は、2011年(平成23年)11月9日である。
これに対し、第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日に行われている。
つまり、第1回辞職勧告決議は、本資料による起訴より前に、起訴前、勾留中、本人欠席の段階で行われたものである。
ここでまず確認すべきことは、起訴前の段階で、公的機関である市議会が有罪を前提とするような意思表示を行ったこと自体が、自由権規約第14条第2項に抵触する問題として独立して成立するという点である。
影響の有無は、この問題とは別の次元で、追加的に検証されるべき事項である。
つまり、本件で問われるのは、第1回辞職勧告決議が、起訴状の公訴事実や判決結果に現実に影響したかどうかだけではない。
公的機関である市議会が、起訴前、勾留中、本人欠席の段階で、有罪を前提とするような公的意思表示を行ったこと自体が、無罪推定との関係で問題となる。
その上で、起訴前の公的有罪視が、身体拘束下での供述形成、検察官面前調書、午後7時40分頃という公訴事実の設定、公判廷での認否及び判決にどのように接続したのかを追加的に検証する必要がある。
本資料は、この接続を確認するための重要な資料である。
すなわち、第1回辞職勧告決議が起訴前に行われていたこと。
本人が起訴時点でも勾留中であったこと。
2011年(平成23年)11月2日の検察官面前調書で午後7時40分頃への変更が生じたこと。
その1週間後である2011年(平成23年)11月9日の起訴状で、午後7時40分頃が公訴事実として採用されたこと。
そして、その後の判決書でも午後7時40分頃が採用されたこと。
これらの事情は、個別に切り離して見るのではなく、無罪推定、公正な裁判、身体拘束下の供述形成、訴因設定及び判決の事実認定との関係で、相互に関連するものとして検証する必要がある。
また、本資料には、被告人の職業として市議会議員と記載されている。
後の判決書では、市議会議員という地位が量刑上不利な事情として明確に評価されている。
一方で、同じ市議会から起訴前及び判決前に辞職勧告決議が行われていたことについて、判決理由中で検討した記載は確認できない。
この点も、本資料と判決書をあわせて検証する必要がある。
本資料は、起訴状という形式上は簡潔な文書であるが、本件においては、午後7時40分頃という時刻が公訴事実として固定された段階、本人がなお勾留中であったこと、身体拘束を伴う刑事手続の中で第1回辞職勧告決議が先行していたこと、及び判決書への接続を確認するための基礎資料である。
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