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見解篇―自由権規約委員会・Gridin v. Russian Federation:法執行機関による犯人視と無罪推定

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「見解(Views)」とは何か

市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)は、生命に対する権利、身体の自由、公正な裁判を受ける権利、無罪推定、表現の自由など、市民的・政治的権利を保障する国際条約である。

自由権規約委員会(Human Rights Committee)は、ICCPRによって設置された独立した専門家からなる委員会であり、締約国によるICCPRの実施状況を監視する役割を担っている。

ICCPRには、これとは別に「自由権規約第一選択議定書」がある。第一選択議定書の締約国は、自国の管轄下にある個人から、ICCPRによって保障された権利を侵害されたとする通報を自由権規約委員会が受理し、審理する権限を認めている。

この手続は、一般に「個人通報制度」と呼ばれる。

個人から提出された通報について、受理可能性や当事者双方から提出された情報を委員会が検討し、個別事件についてICCPR違反があったかどうかなどを示した判断が、「見解(Views)」である。

「見解」は日本の裁判所による判決ではない。一方、単なる研究者の意見や一般的な声明とも異なり、ICCPRによって設置され、その解釈を担う自由権規約委員会が、具体的な事実関係にICCPRを適用して示した判断である。

日本はICCPRの締約国であるが、自由権規約第一選択議定書による個人通報制度を受諾していない。

そのため、日本を相手方とする個人通報を自由権規約委員会に申し立てる制度は現在利用できない。

もっとも、第一選択議定書を受諾していないことと、ICCPRそのものについて日本が締約国として義務を負っていることは別の問題である。

また、他国について示された見解が、そのまま日本の個別事件についての判断になるものでもない。

本サイトでは、自由権規約委員会の見解を、日本について直接下された判決又は決定として扱うのではなく、ICCPRの各条項を、同規約によって設置された自由権規約委員会が具体的な事実に対してどのように解釈・適用しているのかを確認する比較資料として取り上げる。

Gridin v. Russian Federationは、公的機関による裁判前の犯人視と無罪推定との関係について、自由権規約委員会が第14条第2項違反を認定した比較的早い時期の見解である。

見解の概要

事件名:
Gridin v. Russian Federation

通報番号:
No. 770/1997

文書番号:
CCPR/C/69/D/770/1997

採択主体:
国際連合自由権規約委員会
United Nations Human Rights Committee

見解採択日:
2000年7月20日

当事国:
ロシア連邦

対象規定:
市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第14条第2項、第14条第3項(b)ほか

本記事で扱う主な論点:
警察幹部その他の法執行機関関係者が、裁判前に被疑者を犯人であるかのように公表したことと無罪推定、公的発言の広範な報道、第14条第2項が公的機関に要求する自制

文書の種類:
自由権規約第一選択議定書第5条第4項に基づく自由権規約委員会の見解

確認方法:
国際連合が公開する公式文書により確認

掲載形式:
事案及び自由権規約委員会の判断を要約し、無罪推定との関係で重要な部分のみを限定的に引用する。あわせて、後続する自由権規約委員会の見解との関係を整理する。

原文資料:
国際連合公式文書
CCPR/C/69/D/770/1997


この見解で確認できる事実

通報者Dimitry L. Gridinは、ロシアの学生であり、1968年3月4日生まれであった。

1989年11月25日、強姦未遂及び殺人の容疑で逮捕され、その後、さらに複数の暴行事件について訴追された。

1990年10月3日、Chelyabinsk Regional Courtは通報者を有罪とし、死刑を言い渡した。その後、上訴等は退けられたが、1993年12月3日、死刑は終身刑に減刑された。

無罪推定との関係で、通報者は、逮捕直後から新聞及びラジオで、自身が複数の女性を強姦し、3人を殺害した「lift-boy」殺人犯であると報道されたと主張した。

さらに、1989年12月9日には、警察の責任者が、通報者が殺人犯であると確信している旨を述べ、その発言がテレビで放送された。

通報者はまた、捜査官が裁判開始前の公開の場で通報者を有罪であると述べ、市民に対して訴追側として参加するよう呼び掛けたと主張した。

裁判では、多数の者が法廷に集まり、通報者に死刑を科すよう叫ぶなどの敵対的な状況が生じたとも主張された。

通報者は、これらの事情が、第14条第1項が保障する公正な裁判を受ける権利及び第14条第2項が保障する無罪推定等を侵害したと主張した。


重要な判断

公的機関による犯人視と無罪推定

自由権規約委員会は8.3項において、無罪推定に関する通報者の主張を検討した。

委員会が特に取り上げたのは、高位の法執行機関職員が通報者を有罪であるかのように表現した公的発言が、メディアによって広く報道されたことである。

委員会は、当時の一般的意見13号に示された次の原則を参照した。

“It is, therefore, a duty for all public authorities to refrain from prejudging the outcome of a trial”.

すなわち、すべての公的機関には、裁判結果を予断することを控える義務があるというものである。

委員会は、本件において当局が第14条第2項によって要求される自制を行わなかったと判断し、通報者の無罪推定を受ける権利が侵害されたと認定した。

刑事裁判への具体的影響を独立の要件として示していない

Gridin事件8.3項の判断では、公的発言が裁判官の判断に具体的にどの程度影響したのか、あるいはその発言が起訴又は証拠の一部として利用されたのかについて、独立した要件としての検討は示されていない。

委員会が直接問題としているのは、高位の法執行機関職員が通報者を有罪であるかのように表現し、その内容が広く報道されたこと、そして、そのような行為について当局が第14条第2項の要求する自制を欠いたことである。

この点は、後のKhudayberdiev事件、Brewer-Carías事件等において問題となる、公的機関による有罪の予断と刑事裁判への具体的影響との関係を検討する上で重要である。

法廷内の敵対的な状況と公正な裁判

委員会は8.2項において、法廷内の敵対的な状況についても検討した。

通報者は、法廷が通報者に死刑を求める人々で混乱し、弁護側が証人を十分に反対尋問し、防御活動を行うことが困難になっていたと主張した。

委員会は、最高裁判所がこの問題に言及しながら具体的に対処しなかったことを指摘したうえで、通報者の公正な裁判を受ける権利が侵害されたとして、第14条第1項違反を認定した。

8.4項でも、証拠操作等に関する個別の主張について最高裁判所が判断していたとしても、それによって裁判全体の公正さに関する委員会の第14条第1項違反の判断は左右されないとしている。

弁護士へのアクセス

委員会は8.5項において、通報者が逮捕後、弁護士との接触を求めたにもかかわらず、その要求が無視され、弁護士に相談できない状態で取調べを受けたことについて検討した。

また、弁護士との秘密交通が認められなかったとの主張についても、当事国から反論がなされていないことを確認した。

委員会は、これらについて第14条第3項(b)違反を認定した。

結論部分の記載について

この見解には、文書上注意すべき点がある。

8.1項では第9条第1項違反、8.2項及び8.4項では第14条第1項違反、8.3項では第14条第2項違反、8.5項では第14条第3項(b)違反がそれぞれ認定されている。

一方、9項の最終的な結論部分には、

第14条第2項及び第3項(b)違反

のみが記載され、第9条第1項及び第14条第1項への言及がない。

本記事では、この文書上の相違を独自に補正せず、各判断項の記載と9項の最終記載を区別して扱う。


この見解から生じる疑問

公的機関が、裁判前の被疑者又は被告人を犯罪者であるかのように公表した場合、第14条第2項違反を判断するために、その発言が刑事裁判の結果へ具体的に影響したことまで要求されるのか。

また、発言した公的機関が裁判官又は検察官ではなく、警察その他の法執行機関であった場合でも、無罪推定上の義務は同様に及ぶのか。

Gridin事件では、自由権規約委員会は「すべての公的機関」という表現を用い、高位の法執行機関職員による公的な犯人視と、その広範なメディア報道を問題として、第14条第2項違反を認定した。

さらに、公的機関による事前の犯人視と、法廷内で形成された敵対的な雰囲気が別々の問題なのか、それとも相互に関連する問題として刑事手続全体の公正さを検討すべきなのかという問いも生じる。


関連法規・条約・国際法上の基準

市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第2項

刑事上の罪に問われている者について、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障する。

自由権規約委員会一般的意見13号

Gridin事件が採択された2000年当時、委員会は一般的意見13号を参照し、「すべての公的機関」が裁判結果を予断することを控える義務を確認した。

その後、2007年に採択された一般的意見32号30項でも、無罪推定について同様に「すべての公的機関」の義務が示されている。

市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第1項

独立かつ公平な裁判所による公正な審理を受ける権利を保障する。

Gridin事件では、敵対的な法廷環境を裁判所が十分に統制しなかったことについて、第14条第1項違反が8.2項及び8.4項で認定されている。

市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第3項(b)

刑事被告人に対し、防御の準備に必要な時間及び便益並びに自ら選任する弁護人と連絡する権利を保障する。

Gridin事件では、弁護士へのアクセス及び秘密交通の問題について違反が認定された。


本件との関係

Gridin事件と本件では、当事国、刑事事件の内容、問題となった公的機関及び具体的な行為が異なる。

また、Gridin事件はロシア連邦を当事国とする個人通報についての見解であり、日本又は本件について直接判断したものではない。

したがって、この見解の結論をそのまま本件に当てはめることはできない。

一方、比較上重要なのは、自由権規約委員会が2000年の時点で既に、無罪推定について、

「すべての公的機関には、裁判結果を予断することを控える義務がある」

との原則を具体的な個人通報事件に適用し、第14条第2項違反を認定していたことである。

本件では、2011年(平成23年)10月26日、本人が逮捕・勾留され、起訴もされていない段階で、須賀川市議会による第1回辞職勧告決議が行われた。

さらに、2011年(平成23年)12月1日には、第2回辞職勧告決議が行われた。この時点でも初公判は開始されていなかった。

Gridin事件で問題となったのは法執行機関職員による公的発言であり、本件で問題となるのは地方議会による決議であるという相違がある。

そこで、本件では、

  • 「すべての公的機関」という義務主体に地方議会が含まれるのか
  • 辞職勧告決議及びその提案理由が、本人を刑事上有罪であるかのように扱う内容を含んでいたのか
  • 有罪判決前に公的機関が行う評価について、刑事裁判への具体的影響がなければ無罪推定の問題にならないといえるのか
  • 公的機関による事前の有罪視が、その後の刑事手続とは独立して第14条第2項の問題となり得るのか

を検討する必要がある。

特にGridin事件では、公的発言が刑事裁判に具体的にどの程度影響したかを独立の要件として示すことなく、第14条第2項違反が認定されている。

この点は、後のKhudayberdiev事件において多数意見と古谷修一委員の反対意見が分かれ、さらにBrewer-Carías事件で再び問題となった、公的機関による有罪の予断と刑事裁判への具体的影響との関係を検討する際の重要な先行資料となる。


関連資料

見解篇―自由権規約委員会・Gridin v. Russian Federation:法執行機関による犯人視と無罪推定(2000)本記事

見解篇―自由権規約委員会・Cedeño v. Bolivarian Republic of Venezuela:大統領による犯人視と無罪推定(2012)

見解篇―自由権規約委員会・Kh.B. v. Kyrgyzstan:議会決議の刑事裁判への影響と無罪推定(2017)

見解篇―自由権規約委員会・Orkin v. Russian Federation:裁判所ウェブサイトの有罪表明と無罪推定(2019)

見解篇―自由権規約委員会・Khudayberdiev v. Kyrgyzstan:議会決議と無罪推定(2019)

見解篇―自由権規約委員会・Brewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuela:公的機関による有罪の予断と無罪推定(2021)

見解篇―自由権規約委員会・Berezhnaya and Gershankova v. Belarus:捜査当局による情報提供と無罪推定(2024)

()内の数字は、国際連合自由権規約委員会による採択年。

English version:

掲載予定

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