憲法の力を信じて。

見解篇―自由権規約委員会・Cedeño v. Bolivarian Republic of Venezuela:大統領による犯人視と無罪推定

42 views
約12分
ブログ, …

「見解(Views)」とは何か

市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)は、生命に対する権利、身体の自由、公正な裁判を受ける権利、無罪推定、表現の自由など、市民的・政治的権利を保障する国際条約である。

自由権規約委員会(Human Rights Committee)は、ICCPRによって設置された独立した専門家からなる委員会であり、締約国によるICCPRの実施状況を監視する役割を担っている。

ICCPRには、これとは別に「自由権規約第一選択議定書」がある。第一選択議定書の締約国は、自国の管轄下にある個人から、ICCPRによって保障された権利を侵害されたとする通報を自由権規約委員会が受理し、検討する権限を認めている。

この手続は、一般に「個人通報制度」と呼ばれる。

個人から提出された通報について、受理可能性や当事者双方から提出された情報を委員会が検討し、個別事件についてICCPR違反があったかどうかなどを示した判断が、「見解(Views)」である。

「見解」は日本の裁判所による判決ではない。一方、単なる研究者の意見や一般的な声明とも異なり、ICCPRによって設置され、その解釈を担う自由権規約委員会が、具体的な事実関係にICCPRを適用して示した判断である。

日本はICCPRの締約国であるが、自由権規約第一選択議定書による個人通報制度を受諾していない。

そのため、日本を相手方とする個人通報を自由権規約委員会に申し立てる制度は現在利用できない。

もっとも、第一選択議定書を受諾していないことと、ICCPRそのものについて日本が締約国として義務を負っていることは別の問題である。

また、他国について示された見解が、そのまま日本の個別事件についての判断になるものでもない。

本サイトでは、自由権規約委員会の見解を、日本について直接下された判決又は決定として扱うのではなく、ICCPRの各条項を、自由権規約委員会が具体的な事実に対してどのように解釈・適用しているのかを確認する比較資料として取り上げる。

見解の概要

事件名:
Cedeño v. Bolivarian Republic of Venezuela

通報番号:
No. 1940/2010

文書番号:
CCPR/C/106/D/1940/2010

採択主体:
国際連合自由権規約委員会
United Nations Human Rights Committee

見解採択日:
2012年10月29日

当事国:
ベネズエラ・ボリバル共和国

対象規定:
市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第9条、第14条第1項、第14条第2項及び第14条第3項(c)

本記事で扱う主な論点:
大統領による有罪判決前の犯人視と無罪推定、全国放送による公的表明、司法の独立、未決拘禁、裁判の不当な遅延

文書の種類:
自由権規約第一選択議定書第5条第4項に基づく自由権規約委員会の見解

確認方法:
国際連合が公開する公式文書により確認

掲載形式:
事案及び自由権規約委員会の判断を要約し、無罪推定との関係で重要な部分のみを限定的に引用する。あわせて、Gridin及び後のBrewer-Carías等との関係を整理する。

原文資料:
国際連合公式文書
CCPR/C/106/D/1940/2010


この見解で確認できる事実

通報者Eligio Cedeñoは、ベネズエラ国籍を有し、Banco Canariasの財務担当副頭取を務めていた。

2003年以降、外国為替取引をめぐる刑事捜査が進められ、2005年11月29日、通報者は密輸及び脱税等の容疑で訴追された。

その後、2007年2月8日、通報者は自ら当局に出頭し、未決拘禁された。

刑事手続は長期化し、2009年12月10日、Court No. 31の裁判官M.L.A.は、恣意的拘禁作業部会の意見、逃亡のおそれがないこと、検察側が続けて出廷しなかったことなどを考慮して、未決拘禁を変更し、一定の条件の下で通報者を釈放した。

ところが、その釈放後、情報機関の職員が裁判所に入り、裁判官M.L.A.らを拘束した。

翌2009年12月11日、当時のベネズエラ大統領は、全国放送のラジオ及びテレビ番組において、通報者を「bandit」と呼び、通報者が「逃亡した」と非難した。

大統領は、通報者を釈放した裁判官についても「bandit」と呼び、腐敗を示唆し、30年の懲役刑を科すべきであるとの趣旨の発言を行った。

さらに、通報者の弁護士についても、裁判官の釈放決定を事前に準備したとして犯罪を犯したとの趣旨の発言を行った。

その後、通報者に対する逮捕状が発付され、通報者は国外へ出た。


重要な判断

大統領による公的な犯人視

自由権規約委員会は7.4項において、第14条第2項が保障する無罪推定について検討した。

委員会は、通報者の釈放が命じられた後、当時の大統領が全国放送のラジオ及びテレビで通報者を「bandit」と呼び、さらに、その釈放が弁護士及び裁判官によって違法に仕組まれたかのように示唆したことを確認した。

この大統領発言について、当事国から反論又は説明は示されなかった。

「すべての公的機関」に課される義務

委員会は一般的意見32号30項を参照し、次の原則を確認した。

“all public authorities have a duty to refrain from prejudging the outcome of a trial”

すなわち、すべての公的機関には、裁判結果を予断することを控える義務があるという原則である。

委員会は、その具体例として、公的機関が被告人の有罪を肯定する公的声明を控えるべきことを挙げている。

保釈・釈放の問題と無罪推定を区別

7.4項では、もう一つ重要な整理がなされている。

通報者は、未決拘禁そのものも無罪推定の侵害であると主張していた。

これに対して委員会は、保釈が認められないこと自体は無罪推定に影響するものではないとの考えを示した。

その上で、別の問題として、大統領による公的発言を検討した。

つまり、未決拘禁と無罪推定を単純に同一視したのではなく、

  • 未決拘禁の適法性・恣意性
  • 公的機関による有罪の予断

を区別して審査している。

有罪判決前の公的発言について違反認定

委員会が重視したのは、大統領による発言が行われた時点で、通報者の刑事責任について判決が存在していなかったことである。

その状態で、大統領が通報者の事件を直接取り上げ、「bandit」と呼ぶなどした発言及びその態様について、委員会は第14条第2項が保障する無罪推定の原則に違反すると判断した。

委員会は、

「反対の判決が存在しない限り、すべての被告人に適用される」

無罪推定を侵害したとの趣旨を示している。


司法の独立との関係

Cedeño事件では、無罪推定だけでなく、司法の独立についても重大な問題が認定された。

通報者を釈放したCourt No. 31の裁判官は、その決定を行った当日に拘束された。

翌日、大統領は、その裁判官について全国放送で「bandit」と呼び、厳しい刑罰を科すべきであるとの趣旨の発言を行った。

委員会は7.3項において、裁判官が釈放決定をした日に拘束されたこと、大統領による公的発言、関係する司法関係者が暫定的な地位にあったことなどを検討した。

その結果、司法機関の独立性が侵害されたとして、第14条第1項違反を認定した。

したがって、本件では、大統領による公的発言が、

本人に対する無罪推定

だけでなく、

本人を釈放した裁判官及び司法権の独立

との双方で問題となっている。


裁判の遅延と未決拘禁

委員会は、第14条第3項(c)が保障する、不当に遅延することなく裁判を受ける権利についても検討した。

通報者は2005年に最初に訴追され、2007年3月に正式起訴されたが、2010年3月に通報が提出された時点でも、刑事責任について判決は存在せず、手続はなお予備審問段階にあった。

委員会は、遅延について、事件の複雑性や通報者の行為だけでは十分に説明されていないとして、第14条第3項(c)違反を認定した。

また、未決拘禁についても、第9条違反を認定している。


Gridin事件との関係

Cedeño事件より約12年前の2000年に採択されたGridin v. Russian Federationでも、公的機関による裁判前の犯人視が第14条第2項との関係で問題となった。

Gridin事件では、高位の法執行機関職員が通報者を有罪であるかのように公表し、その内容が広く報道されたことについて、委員会は、

「すべての公的機関には、裁判結果を予断することを控える義務がある」

との原則を適用し、第14条第2項違反を認定した。

Cedeño事件では、この原則が、大統領による全国放送での発言に適用された。

したがって、少なくともGridin事件及びCedeño事件を比較すると、無罪推定から生じる公的機関の義務は、

  • 警察その他の法執行機関
  • 国家の最高位にある大統領

のいずれについても問題となり得ることが確認できる。


Brewer-Carías事件への接続

Cedeño事件は、後のBrewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuelaに直接つながる。

Brewer-Carías事件では、通報者が第14条第2項違反を主張する際に、Cedeño事件を先例として引用している。

そして自由権規約委員会自身もBrewer-Carías事件9.5項において、Cedeño事件を脚注で引用した上で、第14条第2項違反を認定した。

Brewer-Carías事件ではさらに、

  • 公的機関が刑事手続に直接関与している必要はない
  • その公的発言が起訴の根拠として用いられている必要もない

との判断が明示された。

その意味で、Cedeño事件は、Gridin事件で示された「すべての公的機関」の義務を、大統領による具体的な公的発言に適用した先行例であり、後のBrewer-Carías事件へつながる重要な一段階として位置付けることができる。


この見解から生じる疑問

国家の最高位にある公職者が、刑事裁判の終了前に被告人を犯罪者であるかのように公に呼称した場合、その発言は単なる政治的発言として無罪推定の問題から除外されるのか。

また、第14条第2項の問題を判断するために、その発言が裁判官の判断に具体的な影響を与えたことまで証明する必要があるのか。

Cedeño事件7.4項では、大統領の発言が裁判結果に具体的にどの程度影響したかについて独立した要件としての検討を示すことなく、発言時に刑事責任についての判決が存在していなかったことと、その公的発言の内容及び態様を問題として、第14条第2項違反を認定している。

さらに、公的機関による有罪の予断が、本人に対する無罪推定だけでなく、司法関係者への政治的圧力と結び付く場合、刑事司法全体の独立及び公正さにどのような影響を及ぼすのかという問題も生じる。


関連法規・条約・国際法上の基準

市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第2項

刑事上の罪に問われている者について、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障する。

自由権規約委員会一般的意見32号30項

無罪推定を人権保護の基本的保障と位置付け、すべての公的機関に対し、裁判結果を予断することを控える義務を示している。

Cedeño事件7.4項は、一般的意見32号30項を直接参照している。

Gridin v. Russian Federation

CCPR/C/69/D/770/1997。

高位の法執行機関職員による裁判前の犯人視が広く報道されたことについて、第14条第2項違反を認定した先行例である。

Brewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuela

CCPR/C/133/D/3003/2017。

公的機関が刑事手続に直接関与していることも、その発言が起訴の根拠として用いられていることも必要ではないとして、第14条第2項違反を認定した後続の見解である。

同見解9.5項は、Cedeño事件を直接参照している。


本件との関係

Cedeño事件と本件では、当事国、問題となった公的機関、公的行為の形式及び刑事事件の内容が異なる。

Cedeño事件では、大統領による全国放送での発言が問題となった。

本件では、地方議会による辞職勧告決議及びその提案理由等が問題となる。

したがって、Cedeño事件の結論をそのまま本件へ適用することはできない。

一方、比較上重要なのは、自由権規約委員会が、

「すべての公的機関」に裁判結果を予断しない義務がある

との一般的意見32号30項の原則を、大統領による具体的な公的発言に適用し、有罪判決前の犯人視について第14条第2項違反を認定したことである。

本件では、2011年(平成23年)10月26日、本人が逮捕・勾留され、起訴もされていない段階で、第1回辞職勧告決議が採択された。

さらに、2011年(平成23年)12月1日には、第2回辞職勧告決議が採択された。この時点でも初公判は開始されていなかった。

そこで本件では、

  • 地方議会が第14条第2項にいう「すべての公的機関」の範囲に含まれるのか
  • 辞職勧告決議又はその提案理由が、本人の刑事上の有罪を前提とする内容を含んでいたのか
  • 発言又は決議の形式が異なることで、第14条第2項上の評価が変わるのか
  • 公的行為が刑事裁判に具体的に影響したことまで立証する必要があるのか
  • 有罪判決が存在しない段階における公的機関の評価を、後の有罪判決によって遡って正当化することができるのか

を検討する必要がある。

Gridin事件、Cedeño事件、Khudayberdiev事件、Brewer-Carías事件を順に見ると、自由権規約委員会が長期間にわたり、刑事裁判の外部にある公的機関による有罪の予断を、第14条第2項の問題として扱ってきたことが確認できる。


関連資料

見解篇―自由権規約委員会・Gridin v. Russian Federation:法執行機関による犯人視と無罪推定(2000)

見解篇―自由権規約委員会・Cedeño v. Bolivarian Republic of Venezuela:大統領による犯人視と無罪推定(2012)本記事

見解篇―自由権規約委員会・Kh.B. v. Kyrgyzstan:議会決議の刑事裁判への影響と無罪推定(2017)

見解篇―自由権規約委員会・Orkin v. Russian Federation:裁判所ウェブサイトの有罪表明と無罪推定(2019)

見解篇―自由権規約委員会・Khudayberdiev v. Kyrgyzstan:議会決議と無罪推定(2019)

見解篇―自由権規約委員会・Brewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuela:公的機関による有罪の予断と無罪推定(2021)

見解篇―自由権規約委員会・Berezhnaya and Gershankova v. Belarus:捜査当局による情報提供と無罪推定(2024)

()内の数字は、国際連合自由権規約委員会による採択年。

English version:

掲載予定

Share / Subscribe
Facebook Likes
Posts
Hatena Bookmarks
Pinterest
Pocket
Evernote
Feedly
Send to LINE