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見解篇―自由権規約委員会・Kh.B. v. Kyrgyzstan:議会決議の刑事裁判への影響と無罪推定

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見解の概要

事件名:
Kh.B. v. Kyrgyzstan

通報番号:
No. 2163/2012

文書番号:
CCPR/C/120/D/2163/2012

採択主体:
国際連合自由権規約委員会
United Nations Human Rights Committee

見解採択日:
2017年7月13日

当事国:
キルギス

対象規定:
市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)第14条第2項

本記事で扱う主な論点:
刑事手続が進行中の者について議会が事件の「organizers」の一人などと記載した決議と無罪推定、議会決議が刑事裁判又は最終判決に与えた具体的影響を第14条第2項違反の認定において要求するか

文書の種類:
自由権規約第一選択議定書第5条第4項に基づく自由権規約委員会の見解

確認方法:
国際連合が公開する公式文書により確認

掲載形式:
事案及び自由権規約委員会の判断を要約し、後のKhudayberdiev v. Kyrgyzstan及びBrewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuelaとの関係を整理する。

原文資料:
国際連合公式文書
CCPR/C/120/D/2163/2012


「見解(Views)」とは何か

市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)は、生命に対する権利、身体の自由、公正な裁判を受ける権利、無罪推定、表現の自由など、市民的・政治的権利を保障する国際条約である。

自由権規約委員会(Human Rights Committee)は、ICCPRによって設置された独立した専門家からなる委員会であり、締約国によるICCPRの実施状況を監視する役割を担っている。

ICCPRには、これとは別に「自由権規約第一選択議定書」がある。第一選択議定書の締約国は、自国の管轄下にある個人から、ICCPRによって保障された権利を侵害されたとする通報を自由権規約委員会が受理し、検討する権限を認めている。

この手続は、一般に「個人通報制度」と呼ばれる。

個人から提出された通報について、受理可能性や当事者双方から提出された情報を委員会が検討し、個別事件についてICCPR違反があったかどうかなどを示した判断が、「見解(Views)」である。

「見解」は日本の裁判所による判決ではない。一方、単なる研究者の意見や一般的な声明とも異なり、ICCPRによって設置され、その解釈を担う自由権規約委員会が、具体的な事実関係にICCPRを適用して示した判断である。

本サイトでは、自由権規約委員会の見解を、日本又は本件について直接下された判断として扱うのではなく、ICCPRの各条項を自由権規約委員会が具体的事実にどのように適用しているのかを確認する比較資料として取り上げる。


この見解で確認できる事実

通報者Kh.B.は、キルギスのオシ地域出身のウズベク系住民であった。

2010年5月から6月にかけ、キルギス南部のオシ及びジャララバード地域では民族間の深刻な衝突が発生した。

通報者は2010年5月、ジャララバードで演説を行い、その中で法執行機関その他の国家機関を批判した。

その後、通報者は刑事捜査の対象となった。

2011年6月16日、キルギス議会は、2010年の南部での事件について調査した臨時議会委員会の情報に基づく決議を採択した。

決議7項では、通報者が一連の事件の「organizers」の一人として記載されるとともに、民族主義的・分離主義的活動への参加者として記載された。

決議21項では、事件の組織者等の財産没収の可能性について検討するよう、検事総長府及び最高裁判所に求める内容が含まれていた。

通報者は、この議会決議が広く公表され、自らの無罪推定、名誉及び評判を侵害したと主張した。

また、議会決議が裁判所に否定的な影響を与え、将来の刑事裁判の結果を事実上先取りしたと主張した。

その後、2011年10月28日、Jalal-Abad City Courtは、通報者を欠席のまま審理し、分離主義、大規模騒乱の組織、殺人等の罪について終身刑及び財産没収を言い渡した。

2012年1月31日、Jalal-Abad Regional Courtは第一審判決を維持した。


重要な判断

第14条第2項は適用対象となると判断

自由権規約委員会は11.2項において、まず第14条第2項の適用対象について検討した。

委員会は、2010年5月に通報者が分離主義、大規模騒乱の組織等について訴追対象となり、議会決議採択時にも刑事捜査が進行していたことを確認した。

そのうえで、通報者に関する事実は、第14条にいう「criminal charges」の範囲に入ると判断した。

したがって、議会決議だから第14条第2項の問題にならないと処理したわけではない。

委員会は、議会決議による無罪推定侵害の主張そのものを本案で検討した。

議会決議を「political document」と位置付けた

委員会は、決議において通報者が2010年の事件の組織者の一人及び民族主義的・分離主義的活動の参加者として記載されていたことを認識した。

しかし、その上で委員会は、この議会決議を

“a political document”

と表現した。

そして、問題となるのは、その政治的文書が通報者の刑事手続にどのような影響を及ぼしたかであるとの方向から検討を進めた。

刑事裁判への具体的影響を重視

委員会が違反を認定しなかった最大の理由は、通報者が、議会決議が刑事裁判に与えた具体的影響について十分な情報を示していなかったことである。

委員会は、通報者が、

  • 自身に対する刑事手続について十分な情報を提出していないこと
  • 2011年10月28日の第一審判決書の写しを提出していないこと
  • 裁判自体の問題点について具体的な主張をしていないこと
  • 議会決議が、合理的な観察者の目から見て、どのように裁判結果へ影響した又は影響し得たのかを具体的に示していないこと

を指摘した。

その結果、委員会は、議会決議が最終判決に影響したことについて、通報者が十分な立証をしていないと判断した。

第14条第2項違反を認定せず

以上から、委員会は、提出された事実だけでは第14条第2項違反を認定することはできないとした。

12項の最終結論でも、当事国による第14条第2項違反は認められないとの見解を示している。


この見解の重要性

Kh.B.事件は、議会決議と無罪推定との関係について、自由権規約委員会が違反を認めなかった事件である。

しかし、その理由を正確に見る必要がある。

委員会は、

「議会は政治機関だから第14条第2項の適用対象外である」

とは判断していない。

また、

「議会には刑事事件について自由に有罪評価を行う権限がある」

とも判断していない。

むしろ、第14条第2項の主張を本案で検討したうえで、議会決議が刑事裁判の最終結果に与えた影響について十分な立証がないことを理由として、違反を認めなかった。

したがって、この事件の核心は、

公的機関による有罪の示唆それ自体で足りるのか、それとも刑事裁判への具体的な影響まで必要なのか

という点にある。


Khudayberdiev事件との関係

Kh.B.事件と2019年のKhudayberdiev v. Kyrgyzstanには、非常に強い共通性がある。

いずれも、

  • 当事国がキルギスである
  • 2010年の南部における民族間事件が背景にある
  • 2011年6月16日にキルギス議会が採択した決議が問題となっている
  • 決議7項で本人が事件の組織者等として扱われている
  • 第14条第2項の無罪推定が争われている

という構造を持つ。

Khudayberdiev事件の多数意見も、Kh.B.事件と同様に、議会決議を「political document」と位置付けた。

そして、通報者が、その決議が刑事手続にどのように影響したのかを示す情報を提出していないことを理由として、第14条第2項違反を認定しなかった。

一方、Khudayberdiev事件では、古谷修一委員が反対意見を付した。

古谷委員は、無罪推定違反を判断する際に、公的機関の行為が刑事裁判の結果に実際に影響したかどうかを問題とする必要はないとした。

古谷委員によれば、重要なのは、

公的機関が有罪判決前の本人について有罪を示唆したかどうか

である。

したがって、Kh.B.事件とKhudayberdiev事件を並べることにより、自由権規約委員会において、

「刑事裁判への具体的影響」を第14条第2項違反の判断にどこまで要求するのか

という問題が明確に現れてくる。


Brewer-Carías事件との関係

Kh.B.事件は、2021年のBrewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuelaとの関係でも重要である。

Brewer-Carías事件では、委員会多数意見が、公的機関による行為が第14条第2項違反を生じさせるために、

  • その公的機関が刑事手続に直接関与している必要はない
  • その発言が起訴の根拠として用いられている必要もない

との判断を示した。

これに対してJosé Manuel Santos Pais委員は反対意見を付し、委員会の従前の見解には、公的発言が裁判結果へ与えた影響について通報者による立証を求めているように見えるものがあると指摘した。

そして、その具体例として、

  • Khudayberdiev v. Kyrgyzstan
  • Kh.B. v. Kyrgyzstan
  • Orkin v. Russian Federation

の3件を明示的に引用した。

したがって、Kh.B.事件を掲載する意味は、単に無罪推定違反を認めなかった一事件を紹介することだけではない。

Brewer-Carías事件の反対意見自身が、判断の異なる先行例としてKh.B.事件を位置付けている。

このことから、Kh.B.事件は、後の自由権規約委員会内部における無罪推定の射程をめぐる議論を理解するための重要な資料となる。


この見解から生じる疑問

議会という公的機関が、刑事裁判による有罪判断の前に、本人を犯罪の「organizer」等として公的文書に記載した場合、それだけでは第14条第2項の問題にならないのか。

無罪推定違反を認定するためには、その議会決議が裁判官の判断又は最終判決に実際に影響したことまで立証しなければならないのか。

本人を有罪であるかのように扱う公的行為そのものによって、既に無罪推定によって保障される利益が侵害されていると考える余地はないのか。

また、公的機関の行為が刑事裁判に影響したことの立証を本人に要求する場合、裁判官の内心や意思決定過程を外部から立証することが現実に可能なのかという問題も生じる。

Kh.B.事件は、こうした問いに対して、刑事裁判への具体的影響を重視する立場を示した先行例として位置付けられる。


関連法規・条約・国際法上の基準

市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条第2項

刑事上の罪に問われている者について、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障する規定である。

自由権規約委員会一般的意見32号

Kh.B.事件11.2項は一般的意見32号を参照し、第14条が刑事上の罪に問われた者に保障する手続的保障について確認している。

Khudayberdiev v. Kyrgyzstan

CCPR/C/127/D/2522/2015。

同じ2011年6月16日のキルギス議会決議と無罪推定が問題となった後続の見解である。

多数意見はKh.B.事件と同様に刑事手続への影響を重視した一方、古谷修一委員は反対意見において、有罪を示唆する公的取扱いそれ自体が第14条第2項違反を構成し得るとの立場を示した。

Brewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuela

CCPR/C/133/D/3003/2017。

同事件では、公的機関が刑事手続に直接関与している必要も、その発言が起訴の根拠として用いられている必要もないとの判断が示された。

同事件のSantos Pais委員の反対意見は、これと異なる先行例としてKh.B.事件を明示的に引用している。


本件との関係

Kh.B.事件と本件には、重要な共通点と相違点がある。

Kh.B.事件では、刑事捜査の対象となっている人物について、議会が決議を採択し、その中で本人を事件の組織者の一人等として記載したことが問題となった。

本件でも、刑事手続の途中に地方議会による辞職勧告決議が採択されている。

本件では、2011年(平成23年)10月26日、本人が逮捕・勾留され、起訴もされていない段階で、第1回辞職勧告決議が採択された。

さらに、2011年(平成23年)12月1日には第2回辞職勧告決議が採択されたが、この時点でも初公判は開始されていなかった。

もっとも、Kh.B.事件と本件では、決議の具体的文言、決議理由、議会の行為、刑事事件の内容及びその後の手続等が異なる。

したがって、Kh.B.事件の結論をそのまま本件に適用することはできない。

一方、比較上重要なのは、Kh.B.事件が、議会決議による無罪推定侵害という問題そのものを第14条第2項の適用外とはしていないことである。

委員会が違反を認定しなかった理由は、議会という主体だからではなく、通報者が決議の刑事裁判への具体的影響について十分な情報を提出していないと判断されたためである。

そこで本件についても、

  • 辞職勧告決議が本人の刑事責任についてどのような評価を含んでいたのか
  • 決議採択時に刑事手続がどの段階にあったのか
  • 第14条第2項違反を認定するために、決議が刑事判決に具体的に影響したことまで必要なのか
  • それとも、公的機関が有罪判決前の本人を有罪であるかのように扱ったこと自体を問題とすべきなのか

という点が検討課題となる。

Kh.B.事件は、本件に有利な結論を示した見解ではない。

むしろ、本件に対して想定される反論に近い判断を示した資料である。

だからこそ重要である。

Kh.B.事件、Khudayberdiev事件の多数意見と古谷修一委員の反対意見、Brewer-Carías事件の多数意見及びSantos Pais委員の反対意見を順に比較することによって、「具体的な裁判への影響を必要とするのか」という争点を、都合のよい見解だけを選ぶことなく検証することができる。


関連資料

見解篇―自由権規約委員会・Gridin v. Russian Federation:法執行機関による犯人視と無罪推定(2000)

見解篇―自由権規約委員会・Cedeño v. Bolivarian Republic of Venezuela:大統領による犯人視と無罪推定(2012)

見解篇―自由権規約委員会・Kh.B. v. Kyrgyzstan:議会決議の刑事裁判への影響と無罪推定(2017)本記事

見解篇―自由権規約委員会・Orkin v. Russian Federation:裁判所ウェブサイトの有罪表明と無罪推定(2019)

見解篇―自由権規約委員会・Khudayberdiev v. Kyrgyzstan:議会決議と無罪推定(2019)

見解篇―自由権規約委員会・Brewer-Carías v. Bolivarian Republic of Venezuela:公的機関による有罪の予断と無罪推定(2021)

見解篇―自由権規約委員会・Berezhnaya and Gershankova v. Belarus:捜査当局による情報提供と無罪推定(2024)

()内の数字は、国際連合自由権規約委員会による採択年。

English version:

掲載予定

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