2026年7月19日 更新
法的主張と違憲違法構造の整理
このページでは、本件において問題となる法的主張と、辞職勧告決議を中心として形成された違憲・違法構造を整理します。
本件は、単に一地方議会が一議員に対して辞職を求めたという問題ではありません。
2011年(平成23年)10月26日の第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留により本会議へ出席できず、捜査及び取調べが継続している段階で行われました。
同年12月1日の第2回辞職勧告決議は、第1回公判前かつ有罪判決前に行われました。
その提案理由では、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、在職中に飲酒運転をしたことが既に確定した事実として扱われました。
また、これら二つの辞職勧告決議は、本会議で突然提案されたものではありません。
第1回決議については2011年(平成23年)10月24日に議会運営委員会が開かれ、辞職を求める決議文案と、提案理由の説明後に質疑、委員会付託及び討論を省略して採決する手順が整理されていました。
第2回決議については同年11月28日に議会運営委員会が開かれ、再度辞職を求める理由に加え、本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知手順が整理されていました。
さらに、その後の判決書の「証拠の標目」には、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書及び検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられています。
第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていません。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された2名は、当時の須賀川市議会議員であり、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した者でした。
したがって、本件では、刑事責任確定前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問を経ないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていたことになります。
この事実だけから、辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ直接的な影響を及ぼしたと断定することはできません。
しかし、第1回及び第2回辞職勧告決議それ自体が無罪推定に適合していたかという問題と、公的有罪視が存在する状況の下で進行した刑事手続が公正であったかという問題、さらに、第三者供述を争う実質的な機会が保障されていたかという問題を、区別しながら検証する必要があります。
以下では、日本国憲法、自由権規約(ICCPR)、自由権規約委員会の一般的意見、条約法に関するウィーン条約、刑事訴訟法及び地方自治法に基づき、本件の違憲・違法構造を整理します。
1 このページの目的
本ページの目的は、本件における法的問題を、感情論や政治的評価ではなく、憲法、国際法、法律に基づいて整理することにあります。
特に重要なのは、次の点です。
第一に、2011年(平成23年)10月26日及び2011年(平成23年)12月1日の辞職勧告決議は、いずれも刑事責任が確定していない段階で行われたものです。

第二に、これらの決議は、法的拘束力を持たない意思表示であるとしても、地方議会という公的機関が行った公的意思表示である以上、憲法及び国際人権法上の制約を免れるものではありません。
第三に、その後、須賀川市及び須賀川市議会が、これらの決議について十分な検証や是正を行わず、むしろ「適正に処理された」かのような外観を維持してきたことにより、人権侵害の状態が継続しているという問題があります。
第四に、本件の核心は、刑事事件そのものをこのページで再審理することではなく、刑事責任未確定段階における公的機関の行為が、憲法及び国際人権法に照らして許されるのかという点にあります。
1-1 本件の検証方法について
本件を検証する際、本サイトでは、判決前の公的機関による有罪視について、三つの問題を区別して扱います。
第一は、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、無罪推定に適合していたかという問題です。
自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項は、裁判所だけでなく、地方議会を含むすべての公的機関に対し、裁判結果を予断せず、刑事責任未確定の者を有罪であるかのように扱わないことを求めています。
したがって、辞職勧告決議が供述形成、起訴、量刑又は判決へ具体的な影響を及ぼしたことを証明できるか否かとは別に、決議及び提案理由という公的行為自体が無罪推定に適合していたかを、独立して判断する必要があります。
第二は、公的機関による判決前の有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、刑事裁判の公正性との関係でどのように評価するかという問題です。
この問題は、自由権規約第14条第1項、憲法第31条、同第32条及び同第37条第1項との関係で検証されます。
第三は、判決書の「証拠の標目」に掲げられた第三者5名の供述調書が、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問を経ないまま有罪判決の証拠構造に組み込まれたことを、証人審問権との関係でどのように評価するかという問題です。
自由権規約第14条第3項(e)、一般的意見32号39項及び憲法第37条第2項は、被告人に対し、不利益な証人を尋問し、その供述の正確性及び信用性を争う実質的な機会を保障しています。
判決書のみからは、第三者5名の供述調書が採用された具体的な刑事訴訟法上の根拠、弁護側の同意の有無、同意が存在した場合の範囲及び証拠採用に至る具体的な経過は確認できません。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったという事実だけから、直ちに供述調書の証拠能力が否定される、又は証人審問権侵害が確定すると断定するものではありません。
しかし、形式上の証拠採用根拠又は同意の有無と、供述者本人の記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を反対尋問によって実質的に吟味する機会が保障されていたかは、同一の問題ではありません。
特に、本件では、第三者5名のうち2名が、刑事責任確定前の辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
その立場及び決議への関与を含めて供述の信用性を争う機会が保障されていたかは、刑事裁判の公正性及び証人審問権との関係で、独立した検証を必要とします。
本サイトでは、この三つの問題を混同しません。
無罪推定侵害自体を、刑事裁判への具体的影響が証明されていないという理由で否定することはしません。
同時に、無罪推定侵害が認められることだけから、刑事裁判への具体的影響、すべての供述調書の違法性又は有罪判決の当然の無効を直ちに導くこともしません。
それぞれの問題を、対応する事実及び規範に基づいて段階的に検証します。
1-2 国内法上の説明と憲法・条約上の義務との関係について
本件を検証する際、本サイトでは、辞職勧告決議が国内法上どのように説明されるかという問題と、その辞職勧告決議が憲法及び条約上の義務に適合するかという問題を区別して検討します。
たしかに、辞職勧告決議は、一般に、議員の資格を直ちに失わせる法的拘束力を持つものではないと説明されることがあります。
また、地方議会には、議会運営に関する一定の自律性が認められています。
しかし、そのことは、地方議会が憲法及び条約上の人権保障から自由であることを意味しません。
須賀川市議会は、公的機関です。
地方議会の決議であっても、公的機関による公式な意思表示である以上、憲法、自由権規約(ICCPR)、地方自治法その他の関係法規との関係で検証されなければなりません。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律により有罪と認められるまでは、無罪と推定される権利を保障しています。
また、一般的意見第32号第30項は、すべての公的機関には、刑事裁判の結果を予断しない義務があることを示しています。
したがって、地方議会の辞職勧告決議が国内法上、法的拘束力のない政治的意思表示であるとしても、そのことによって、判決前に有罪を前提とする評価を示すことまで当然に許されるわけではありません。
さらに、条約法に関するウィーン条約(VCLT)第27条は、当事国が国内法を理由として条約を履行しないことを正当化できないと定めています。
日本は、自由権規約(ICCPR)を批准しています。
日本国憲法第98条第2項も、日本国が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを求めています。
そのため、「国内法上は辞職勧告決議に法的拘束力がない」、「議会慣例として処理された」、「政治的意思表示にすぎない」という説明は、自由権規約(ICCPR)第14条第2項及び一般的意見第32号第30項が示す公的機関の予断禁止義務を回避する根拠にはなりません。
国内法上の制度、慣行及び議会慣例は、本件を理解するための要素です。
しかし、それらは、憲法及び条約上の人権保障に適合する形で運用されなければなりません。
本件で問われるのは、須賀川市議会の辞職勧告決議が、国内実務上どのように説明されるかだけではありません。
判決前に、公的機関である地方議会が、被疑者又は被告人について有罪を前提とする評価を示したことが、無罪推定、適正手続、公平な裁判、司法権の所在及び条約上の義務と整合するのかです。
したがって、本件では、国内法上の形式的説明や議会慣例にとどまらず、憲法及び自由権規約(ICCPR)に照らした実質的検証が必要です。
この点は、後掲する想定反論「辞職勧告決議は法的拘束力のない政治的意思表示にすぎないのではないか」における検討とも整合します。
2 用語と略称の統一
本ページでは、以下の正式名称及び略称を用います。
2-1 国際人権規約関係
「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を、以下「ICCPR」といいます。
ICCPRは、国際連合で1966年に採択され、1976年に発効した国際人権条約です。日本は1979年に批准しています。
ここでいう「批准」とは、国家が条約の内容を正式に受け入れ、その条約に拘束される意思を国際的に表明する手続をいいます。つまり、日本がICCPRを批准したということは、日本国内の国会、裁判所、行政機関、地方公共団体を含む国家全体が、ICCPRに定められた人権保障を誠実に守る立場に立ったということです。
ICCPRは、刑事手続における無罪推定、公正な裁判を受ける権利、実効的救済を受ける権利などを定めています。これは、単なる理念や努力目標ではありません。日本が締約国として受け入れた国際法上の義務です。
この点で重要なのが、憲法第98条第2項です。同条は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを必要とすると定めています。したがって、ICCPRは、国内の公的機関が軽視してよい外部文書ではなく、日本の法秩序の中で尊重されるべき法規範です。
本件でICCPRが重要となるのは、刑事責任が確定していない段階で、地方議会という公的機関が有罪を前提とするような辞職勧告決議を行ったからです。これは、ICCPR第14条第2項の無罪推定に直接関わります。本件では、ICCPR第14条第2項だけでなく、同条第1項及び第3項(e)も問題となります。
ICCPR第14条第1項は、刑事上の罪の決定について、法律に基づいて設置された、権限のある、独立した、公平な裁判所による公正な審理を受ける権利を保障しています。
ICCPR第14条第3項(e)は、被告人に対し、不利益な証人を尋問し又は尋問させ、自己に有利な証人の出席及び尋問を、不利益な証人と同じ条件で求める権利を保障しています。
本件判決書には、第三者5名の供述調書が証拠として掲げられていますが、この5名に対する証人尋問及び反対尋問は行われていません。
そのうち2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
したがって、本件では、辞職勧告決議自体の無罪推定適合性だけでなく、公的有罪視が存在する状況の下で刑事裁判が進行したこと及び不利益な第三者供述を争う実質的な機会が保障されていたかについても、ICCPR第14条第1項及び第3項(e)との関係で検証する必要があります。
また、一般的意見32号39項は、ICCPR第14条第3項(e)について、被告人及び弁護人に、不利益な証人を尋問し、その供述を争う適切な機会が与えられなければならないことを示しています。
「自由権規約委員会一般的意見第32号」を、以下「一般的意見32号」といいます。
自由権規約委員会とは、ICCPRの実施状況を監視し、各締約国が規約上の義務を守っているかを審査する国連の機関です。
一般的意見とは、自由権規約委員会が、ICCPRの各条項について、どのように理解すべきかを示した権威ある解釈指針です。
一般的意見そのものは、国会で制定された法律ではありません。また、条約本文そのものでもありません。しかし、だからといって、単なる参考意見や一委員会の私見として軽視できるものではありません。
自由権規約委員会は、ICCPRの実施状況を監視するために設けられた条約機関です。その委員会が、各国の国家報告の審査、個人通報に関する見解、長年の実務を踏まえて、ICCPRの意味内容を整理したものが一般的意見です。
したがって、一般的意見は、ICCPRの条文を国内で解釈・適用する際の重要な国際的基準となります。
一般的意見の位置づけを整理すると、次のようになります。
第一に、一般的意見は、ICCPRの条文そのものではありません。したがって、一般的意見だけを根拠として新たな権利義務を国内法上当然に創設するものではありません。
第二に、しかし一般的意見は、ICCPRの条文をどのように理解すべきかを示す権威ある解釈資料です。日本はICCPRを批准している以上、ICCPRの条文を解釈する際に、自由権規約委員会の一般的意見を無視することはできません。
第三に、一般的意見は、国内法を条約に適合するように解釈する際の重要な指針となります。国内法上の制度や運用について複数の解釈があり得る場合には、ICCPR及び一般的意見に適合する解釈が優先されるべきです。
第四に、一般的意見は、裁判所、行政機関、地方公共団体、地方議会が、自らの行為が国際人権基準に適合しているかを検討する際の基準となります。
つまり、一般的意見は「条文そのものではないが、条文の意味を明らかにするために無視できない国際的解釈基準」です。
本件では、この位置づけが極めて重要です。なぜなら、須賀川市議会による辞職勧告決議が、ICCPR第14条第2項の無罪推定に反するかどうかを判断するには、無罪推定がどの範囲の公的機関に及ぶのかを確認する必要があるからです。その判断において、一般的意見32号は重要な基準となります。
一般的意見32号は、ICCPR第14条の解釈を示すものです。特に重要なのは、無罪推定が裁判所だけでなく、すべての公的機関に及ぶと示している点です。
つまり、無罪推定は、裁判官や検察官だけが守ればよいものではありません。地方議会、市長、市職員、監査委員その他の公的機関も、有罪が確定していない者を有罪であるかのように扱ってはならないということです。
「自由権規約委員会一般的意見第31号」を、以下「一般的意見31号」といいます。
一般的意見31号は、ICCPR第2条に基づく締約国の一般的義務を示すものです。特に、ICCPR第2条第3項に基づく実効的救済義務について重要な解釈を示しています。
実効的救済とは、単に「どこかに相談してください」と案内することではありません。権利侵害を受けた者が、実際に利用でき、かつ権利回復につながる救済を受けられることを意味します。
したがって、本件において、須賀川市又は須賀川市議会が「法務局に相談してください」「係争中なので答えません」「弁護士に一任しています」などと述べるだけで、過去の辞職勧告決議の違憲性・違法性を検証せず、説明も是正もしないのであれば、それはICCPR第2条第3項の趣旨に反します。
2-2 条約法関係
「条約法に関するウィーン条約」を、以下「VCLT」といいます。
VCLTは、条約の締結、効力、解釈、終了などに関する基本的なルールを定める条約です。日本については、1981年に効力が生じています。
VCLTが重要なのは、国家が条約を守るにあたり、条約をどのように誠実に履行し、どのように解釈すべきかについて、基本的なルールを定めているからです。
本件との関係で重要となるのは、VCLT第26条、同第27条、同第31条、同第32条、同第33条です。
まず、VCLT第26条は、「合意は守られなければならない」という国際法の基本原則を定めています。これは、いわゆる「pacta sunt servanda」と呼ばれる原則です。
この原則により、日本は、ICCPRを批准した以上、その内容を誠実に履行しなければなりません。ICCPRは、単なる外交上の努力目標ではなく、日本が国際的に守ることを約束した法的義務です。
次に、VCLT第27条は、国が国内法を理由として条約の不履行を正当化することはできない旨を定めています。
この原則からすれば、地方議会の辞職勧告決議について、「法的拘束力を持たない意思表示にすぎない」「議会の政治的判断である」「地方自治の問題である」などと説明しても、それだけでICCPR上の義務を免れることはできません。
地方自治も、議会運営も、国内法上の制度です。しかし、それらは憲法及び日本が批准した条約に反して運用することはできません。
さらに、VCLT第31条は、条約解釈の一般規則を定めています。同条は、条約を、その文脈により、かつ条約の趣旨及び目的に照らして、誠実に解釈しなければならないとするものです。
この点は、本件で極めて重要です。ICCPR第14条第2項の無罪推定を解釈する場合、条文の文言だけを狭く読むのではなく、ICCPRが人権保障を目的とする条約であること、刑事責任未確定者を国家機関による有罪視から保護する趣旨を有することを踏まえて解釈しなければなりません。
したがって、無罪推定を「裁判所内部だけの原則」と狭く解釈することは、ICCPRの趣旨及び目的に反します。地方議会、市長、市職員、監査委員などの公的機関も、ICCPR第14条第2項の趣旨に従い、有罪確定前の者を有罪であるかのように扱ってはなりません。
また、VCLT第32条は、条約解釈の補足的手段について定めています。条文の意味を確認する場合や、第31条による解釈だけでは意味が曖昧な場合には、条約の準備作業や締結時の事情などを補足的に参照できるとされています。
本件では、ICCPR第14条第2項の無罪推定の意味を確認するために、自由権規約委員会の一般的意見、特に一般的意見32号を参照することが重要です。一般的意見は、VCLT第32条が直接列挙する準備作業そのものではありませんが、ICCPRの条約機関が長年の実務を踏まえて示した解釈資料であり、条文の意味を確認し、具体的事案に適用するうえで重要な補足的資料となります。
さらに、VCLT第33条は、複数の言語で正文が作成された条約の解釈について定めています。
ICCPRの正文は、日本語ではなく、国連で採択された複数の正文言語に基づきます。したがって、日本語訳だけを形式的に読んで狭く解釈するのではなく、正文、条約の文脈、趣旨及び目的、国際的解釈基準を踏まえて理解する必要があります。
この点からも、ICCPR第14条第2項の無罪推定やICCPR第2条第3項の実効的救済義務を、日本国内の便宜的な理解だけで限定することはできません。
以上を踏まえると、本件では、地方議会の決議であること、法的拘束力を持たないこと、議会に政治的裁量があることは、無罪推定や実効的救済義務を否定する理由にはなりません。
VCLT第26条、同第27条、同第31条、同第32条、同第33条を合わせてみれば、日本の公的機関は、ICCPRを誠実に履行し、条約の趣旨及び目的に沿って解釈し、国内法や議会運営上の形式論によって人権保障を後退させてはならない、という結論になります。
2-3 国内法関係
「日本国憲法」を、以下「憲法」といいます。
「刑事訴訟法」を、以下「刑訴法」といいます。
「地方自治法」を、以下「地自法」といいます。
3 憲法上の問題
3-1 憲法第13条―個人の尊重、名誉、人格権
憲法第13条は、すべて国民が個人として尊重されることを定めています。
本件では、刑事責任が確定していない段階で、地方議会が辞職勧告決議を行いました。
地方議会による公的な決議は、私人の意見表明とは異なり、社会的信用、名誉、政治的地位及び人格的利益に重大な影響を及ぼし得ます。
そのため、刑事責任未確定段階で、あたかも有罪が確定したかのような評価を前提に辞職を求めることは、個人の尊重、名誉及び人格権との関係で問題となります。
特に、議員として選挙により選ばれた地位は、単なる私的地位ではなく、有権者の意思に基づく公的地位です。
その地位を、司法判断確定前に政治的圧力によって奪おうとすることは、本人の人格権だけでなく、有権者の意思にも重大な影響を与えます。
本件では、有罪判決確定後も、須賀川市議会による辞職勧告決議は終了しませんでした。
2012年(平成24年)2月9日には第3回辞職勧告決議が可決され、さらに同年3月1日には第4回辞職勧告決議が可決されています。
また、第4回辞職勧告決議の時期には、須賀川市長による施政方針演説においても本件に関する言及がなされています。
これらは、判決前の無罪推定侵害そのものとは区別して検討されるべき事情です。
しかし、本件の有罪判決は、判決前の公的有罪視、無罪推定侵害、本人の弁明機会、供述形成過程及び刑事裁判の証拠構造について重大な疑問が残る中で言い渡され、確定したものです。
この点の詳細は、後掲する自由権規約(ICCPR)第14条第2項に関する検討及び「事件の記録と検証 第4部 無罪推定原則の侵害」において検証します。
そのため、有罪判決が確定した後であっても、その判決の存在だけを理由として、その後に反復された辞職要求や公的言及が当然に正当化されるわけではありません。
特に、本件では、第1回及び第2回辞職勧告決議によって形成された公的評価が検証又は是正されないまま、有罪判決確定後にも第3回及び第4回辞職勧告決議が重ねられました。
さらに、須賀川市長の施政方針演説においても本件に関する言及がなされています。
これは、単に「有罪判決後に辞職を求めた」という問題ではありません。
判決前の無罪推定侵害を含む一連の経過が検証されないまま、本人の名誉、人格的利益、政治的地位及び社会的評価に対する公的圧力が継続した問題です。
したがって、第3回及び第4回辞職勧告決議並びに市長発言は、自由権規約(ICCPR)第14条第2項の無罪推定の問題とは区別しつつ、日本国憲法第13条が保障する個人の尊重、人格的利益、名誉及び社会的評価との関係で検証されるべき事情です。
3-2 憲法第31条―適正手続
憲法第31条は、適正な手続によらなければ、生命、自由その他の権利利益を奪われないことを保障するものです。
本件の辞職勧告決議は、法的拘束力を持たない意思表示であったとしても、実質的には議員辞職を求める強い政治的圧力として機能しました。
刑事責任が確定していない段階で、地方議会が公的に辞職を迫ることは、司法手続の結論を待たずに、社会的・政治的制裁を先行させるものです。
これは、適正な刑事手続を経て有罪無罪が判断されるべきという憲法第31条の趣旨に反します。
3-3 憲法第32条―裁判を受ける権利
憲法第32条は、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと定めています。
裁判を受ける権利は、単に裁判所に訴える形式的な機会が存在すれば足りるものではありません。公正で中立な環境のもとで、司法判断を受ける実質的な権利を含みます。
本件では、刑事責任未確定段階で、地方議会による辞職勧告決議が繰り返されました。これは、司法判断の前に、公的機関が有罪を前提とする社会的評価を形成したものです。
そのような状況は、被告人が中立な環境で裁判を受ける権利を損なうものであり、憲法第32条上の問題を生じさせます。
3-4 憲法第37条第1項・第2項―公正な裁判及び証人審問権
憲法第37条第1項は、すべての刑事事件において、被告人が公平な裁判所による迅速な公開裁判を受ける権利を保障しています。
本件の問題は、裁判所が形式的に設置され、公開の公判が開かれたかという点だけに限定されません。
刑事責任が確定する前に、公的機関である須賀川市議会が圓谷年雄に対して辞職を求め、犯罪事実を確定したものとして公的に評価しました。
その公的評価が報道を通じて社会へ伝えられる中で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行しました。
この事実だけから、裁判官が辞職勧告決議又は報道の影響を受けたと断定することはできません。
しかし、被告人が、公的機関による判決前の有罪視及び社会的圧力から自由な環境で、防御権を実質的に行使できたかは、公正な裁判を受ける権利との関係で検証されなければなりません。
憲法第37条第2項は、刑事被告人に対し、すべての証人を審問する十分な機会を保障しています。
本件判決書の「証拠の標目」には、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書及び検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられています。
しかし、この第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていません。
そのうち、検察官に対する供述調書を作成された2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
判決書のみからは、各供述調書が採用された刑事訴訟法上の具体的根拠、弁護側の同意の有無又は各供述調書が具体的にどの事実の認定に用いられたかは確認できません。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったことだけから、直ちに憲法第37条第2項違反又は供述調書の証拠能力欠如を断定するものではありません。
しかし、供述者本人の記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を公判廷で争う実質的な機会が保障されていたかは、形式上の証拠採用根拠又は同意の有無とは区別して検証する必要があります。
特に、判決前の公的有罪視に関与した市議会議員2名の供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠として用いられた以上、その決議への関与及び供述者としての立場を含め、信用性を反対尋問によって吟味する機会が保障されていたかは、憲法第37条第2項との関係で重要な問題となります。
3-5 憲法第38条―黙秘権、自白強要の禁止、自白法則
憲法第38条は、何人も自己に不利益な供述を強要されないこと、強制、拷問、脅迫による自白又は不当に長く抑留・拘禁された後の自白は証拠とすることができないこと、また、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には有罪とされないことを定めています。
本件では、刑事責任未確定段階で地方議会が辞職勧告決議を行い、社会的・政治的に有罪を前提とする外観を形成しました。
このような外部的圧力は、取調べ及び供述形成の環境にも影響し得ます。被疑者・被告人が、すでに公的機関から有罪視され、社会的に追い込まれている状況では、自己に不利益な供述をしない自由が実質的に損なわれる危険があります。
したがって、本件では、単に供述内容の信用性だけでなく、その供述が形成された環境そのものが、憲法第38条の趣旨に照らして問題となります。
特に、地方議会による辞職勧告決議、報道、市民感情、政治的圧力が重なった状況で作成された供述については、任意性及び信用性を慎重に検討しなければなりません。
3-6 憲法第76条第1項―司法権の所在
憲法第76条第1項は、すべて司法権は最高裁判所及び法律の定める下級裁判所に属すると定めています。
刑事責任の有無を判断する権限は、裁判所に属します。地方議会は、刑事責任の有無を判断する機関ではありません。
そのため、刑事責任未確定段階で、地方議会が有罪を前提とするような政治的意思表示を行い、辞職を求めることは、司法判断に先立って事実上の制裁を加えるものであり、司法権の領域を侵害するものです。
本件の辞職勧告決議は、形式的には議会の意思表示であっても、実質的には司法判断の前に公的評価を形成した点において、憲法第76条第1項との関係で重大な問題があります。
3-7 憲法第98条第1項・同第2項―最高法規性と条約遵守義務
憲法第98条第1項は、憲法が国の最高法規であり、これに反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しないと定めています。
憲法第98条第2項は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを必要とすると定めています。
したがって、地方議会や地方公共団体の行為も、憲法及び日本が締結した人権条約に反してはなりません。
本件では、ICCPR第14条第2項が保障する無罪推定、ICCPR第2条第3項が求める実効的救済義務との整合性が問題となります。
3-8 憲法第99条――公務員の憲法尊重擁護義務
憲法第99条は、天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員に対し、憲法を尊重し擁護する義務を課しています。
地方議会議員、市長、市職員、監査委員その他の地方公共団体の関係者も、公務員として憲法尊重擁護義務を負います。
したがって、刑事責任未確定段階で無罪推定を侵害する行為を行うこと、また、その後に問題を認識しながら是正しないことは、憲法第99条の趣旨に反します。
4 国際法上の問題
4-1 ICCPR第14条第1項・第2項・第3項(e)―公正な裁判、無罪推定及び証人審問権
ICCPR第14条第1項は、刑事上の罪の決定について、法律に基づいて設置された、権限のある、独立した、公平な裁判所による公正な審理を受ける権利を保障しています。
ICCPR第14条第2項は、刑事上の罪に問われているすべての者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障しています。
ICCPR第14条第3項(e)は、被告人に対し、不利益な証人を尋問し又は尋問させ、自己に有利な証人の出席及び尋問を、不利益な証人と同じ条件で求める権利を保障しています。
本件では、第1回辞職勧告決議が起訴前の勾留中に、第2回辞職勧告決議が第1回公判前かつ有罪判決前に行われました。
特に、第2回辞職勧告決議の提案理由では、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、在職中に飲酒運転をしたことが既に確定した事実として扱われました。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由自体が、ICCPR第14条第2項に適合していたかを、刑事裁判への具体的影響の有無とは独立して判断する必要があります。
無罪推定は、有罪判決の結果を左右したことが証明された場合にだけ保護される権利ではありません。
有罪判決が確定する前に、公的機関から有罪者として扱われないこと自体が、その保障内容です。
その上で、公的機関による判決前の有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、ICCPR第14条第1項が保障する公正な裁判との関係で検証する必要があります。
さらに、本件判決書には、第三者5名の供述調書が証拠として掲げられていますが、第三者5名に対する証人尋問及び反対尋問は行われていません。
そのうち2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
したがって、この第三者5名、とりわけ辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述について、その正確性、記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を争う実質的な機会が保障されていたかを、ICCPR第14条第3項(e)との関係で検証する必要があります。
4-2 一般的意見32号30項・39項―予断禁止と不利益証人を争う機会
一般的意見32号30項は、無罪推定について、立証責任が検察側にあること、合理的な疑いを超えて立証されるまでは有罪を推定してはならないこと及び被告人に疑いの利益を与えなければならないことを示しています。
さらに、裁判所だけでなく、すべての公的機関に対し、裁判結果を予断せず、被告人が有罪であることを前提とする公的発言を控える義務があることを示しています。
須賀川市議会は、この義務を負う公的機関です。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ具体的に影響したことを証明できるか否かとは別に、決議及び提案理由それ自体が、一般的意見32号30項が示す予断禁止義務に適合していたかを判断しなければなりません。
一般的意見32号39項は、ICCPR第14条第3項(e)について、武器対等の原則の適用として、被告人及び弁護人に、不利益な証人を尋問し、その供述を争う適切な機会が与えられなければならないことを示しています。
この権利は、すべての供述者を必ず公判廷に出廷させなければならないという無制限の権利ではありません。
しかし、不利益な供述を有罪認定に用いる場合には、被告人側に、その供述の正確性及び信用性を実質的に争う適切な機会が保障されなければなりません。
本件では、第三者5名の供述調書が判決書の「証拠の標目」に掲げられていますが、この5名に対する証人尋問及び反対尋問は行われていません。
そのうち2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
したがって、各供述調書の採用根拠及び弁護側の同意の有無だけでなく、供述者本人の記憶、認識、供述経過、決議への関与、立場及び信用性を争う適切な機会が保障されていたかを、一般的意見32号39項との関係で検証する必要があります。
4-3 ICCPR第2条第3項――実効的救済を受ける権利
ICCPR第2条第3項は、規約上の権利又は自由を侵害された者に対し、実効的救済を確保することを締約国に求めています。
本件では、無罪推定が侵害された疑いがある以上、須賀川市及び須賀川市議会は、その問題について調査、説明、是正を行うべき立場にあります。
単に「係争中である」「弁護士に一任している」「法務局に相談すべきである」などとして、実質的な検証や救済を回避することは、ICCPR第2条第3項が求める実効的救済義務に反します。
4-4 一般的意見31号――救済義務の具体的内容
一般的意見31号は、ICCPR上の権利侵害について、締約国が実効的救済を提供しなければならないことを示しています。
ここでいう救済は、形式的な窓口案内にとどまるものではありません。権利侵害の主張に対し、実質的にアクセス可能で、かつ効果のある救済でなければなりません。
したがって、須賀川市又は須賀川市議会が、過去の辞職勧告決議について具体的に検証せず、説明も是正もしない場合、それ自体がICCPR第2条第3項上の問題を生じさせます。
4-5 VCLT第26条、同第27条、同第31条、同第32条、同第33条―条約の誠実履行と条約適合的解釈―
VCLT第26条は、条約は誠実に履行されなければならないという基本原則を定めています。
日本はICCPRを批准している以上、ICCPR第14条第2項の無罪推定及びICCPR第2条第3項の実効的救済義務を、形式的ではなく実質的に履行しなければなりません。
VCLT第27条は、国家が国内法を理由として条約の不履行を正当化できないことを定めています。
したがって、本件において、地方議会の辞職勧告決議が「法的拘束力を持たない意思表示」であること、「議会の政治的判断」であること、「地方自治の問題」であることは、ICCPR上の義務を免れる理由にはなりません。
VCLT第31条は、条約を、その文脈により、かつ条約の趣旨及び目的に照らして、誠実に解釈しなければならないと定めています。
この点からすれば、ICCPR第14条第2項の無罪推定を、裁判所内部だけの原則として狭く解釈することはできません。ICCPRは、人権保障を目的とする条約であり、刑事責任未確定者を国家機関による有罪視から保護する趣旨を有します。
したがって、地方議会、市長、市職員、監査委員その他の公的機関も、ICCPR第14条第2項の趣旨に従い、有罪確定前の者を有罪であるかのように扱ってはなりません。
VCLT第32条は、条約解釈の補足的手段について定めています。一般的意見32号及び一般的意見31号は、VCLT第32条が直接列挙する準備作業そのものではありませんが、ICCPRの条約機関が長年の実務を踏まえて示した解釈資料であり、条文の意味を確認し、具体的事案に適用するうえで重要な補足的資料となります。
VCLT第33条は、複数の言語で正文が作成された条約の解釈について定めています。ICCPRの正文は日本語ではないため、日本語訳だけを形式的に読んで狭く解釈するのではなく、正文、文脈、趣旨及び目的、国際的解釈基準を踏まえて理解する必要があります。
以上により、地方自治も、議会運営も、国内法上の制度である以上、憲法及び日本が批准した条約に反して運用することはできません。地方議会の意思表示であっても、人権保障に反する場合には、違憲・違法の問題を免れません。
5 法律上の問題
5-1 刑訴法第336条―犯罪の証明がないときは無罪
刑訴法第336条は、被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡しをしなければならないと定めています。
この規定は、刑事裁判における証明責任と無罪推定の国内法上の現れです。
本件で問題となるのは、刑事責任が確定していない段階で、地方議会が事実上、有罪を前提とするような公的意思表示を行った点です。
刑訴法第336条の趣旨からすれば、有罪は裁判所において合理的な疑いを超えて証明された場合にのみ認定されるべきものです。地方議会が、その前段階で有罪を前提とするような評価を行うことは、同条の趣旨に反します。
5-2 刑訴法第317条、第318条、第320条、第321条及び第326条―証拠裁判主義、自由心証主義、伝聞法則及び同意
刑訴法第317条は、事実の認定は証拠によると定めています。
刑訴法第318条は、証拠の証明力を裁判官の自由な判断に委ねています。
しかし、自由心証主義は、裁判官が証拠法則、経験則及び論理則を離れて自由に認定できることを意味しません。
証拠の証明力は、日本国憲法、自由権規約、刑事訴訟法上の証拠法則、経験則及び論理則に従って評価されなければなりません。
刑訴法第320条第1項は、公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることを原則として制限しています。
これは、供述者本人を公判廷で尋問し、その知覚、記憶、表現、供述経過及び信用性を吟味する機会を保障することと関係します。
刑訴法第321条は、一定の要件を満たす場合に、公判廷外で作成された供述調書等を証拠とすることができる例外を定めています。
刑訴法第326条は、検察官及び被告人が証拠とすることに同意し、裁判所が相当と認める場合に、書面又は物を証拠とすることを認めています。
したがって、第三者の供述調書が公判廷で用いられたという事実だけから、直ちに刑事訴訟法上違法な証拠であったと断定することはできません。
具体的には、各供述調書が刑訴法第321条その他の伝聞例外によって採用されたのか、刑訴法第326条の同意によって採用されたのか、又は別の根拠によったのかを確認する必要があります。
本件判決書のみからは、第三者5名の各供述調書が採用された具体的な条文上の根拠、弁護側の同意の有無、同意の範囲又は採用に至る具体的な経過は確認できません。
一方、証拠能力が形式上認められたかという問題と、その供述の信用性を実質的に争う機会が保障されていたかという問題は区別する必要があります。
仮に刑訴法第326条による同意が存在したとしても、そのことだけで、供述者本人の記憶、認識、供述経過、立場及び信用性に関する疑問が事実上消滅するわけではありません。
また、どのような情報及び弁護状況の下で同意が行われたのか、決議への関与を含む供述者の立場を弁護側が認識していたのか、供述を争う実質的な必要性及び機会がどのように検討されたのかは、別途確認する必要があります。
特に、本件では、第三者5名のうち2名が、刑事責任確定前に圓谷年雄へ辞職を求めた第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
その2名の供述調書を含む第三者5名の供述調書が、証人尋問及び反対尋問を経ないまま有罪判決の証拠構造に組み込まれたことについては、刑訴法上の証拠能力だけでなく、憲法第37条第2項、ICCPR第14条第3項(e)及び一般的意見32号39項との関係からも検証する必要があります。
5-3 刑訴法第319条―自白法則、補強法則
刑訴法第319条は、強制、拷問、脅迫による自白、不当に長く抑留・拘禁された後の自白、その他任意にされたものでない疑いのある自白は、証拠とすることができないと定めています。
また、被告人は、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされません。
本件で重要なのは、供述調書の形式的存在ではありません。その供述が、どのような心理的・制度的環境のもとで形成されたのかという点です。
地方議会による辞職勧告決議が、刑事責任未確定段階で行われ、社会的・政治的に有罪視する外観を形成していた場合、その環境下で作成された供述については、任意性及び信用性に重大な疑問が生じます。
特に、供述内容に変遷がある場合、推測表現が多い場合、客観証拠との整合性が十分でない場合、また直接証拠を欠く場合には、刑訴法第319条の趣旨に照らし、自白又は不利益供述に過度に依拠することは許されません。
この点は、刑訴法第336条の「犯罪の証明がないときは無罪」とする原則とも一体です。自白又は不利益供述があるから有罪にできるのではなく、その供述の任意性、信用性、補強証拠との整合性が厳格に確認されなければなりません。
5-4 地自法第89条―議会の地位と議員の誠実職務義務
地自法第89条は、普通地方公共団体に議事機関として議会を置くこと、また現行法上、議会が重要な意思決定、検査、調査その他の権限を行使する機関であり、議員が住民の負託を受けて誠実に職務を行うべきことを示しています。
この規定は、地方議会が単なる政治的発言の場ではなく、住民の負託に基づく公的機関であることを確認するものです。
したがって、地方議会の決議が法的拘束力を持たない意思表示であるとしても、その権限行使は、憲法、国際人権法及び法律の趣旨に適合していなければなりません。
本件では、刑事責任未確定段階で、議会が有罪を前提とするような辞職勧告決議を行ったことについて、議会の公的権限の行使として相当であったのかが問題となります。
また、現在においても、市議会が過去の決議を検証せず、是正しないのであれば、地自法第89条が示す議会及び議員の職責との関係でも、その説明責任が問われます。
5-5 地自法第138条の2の2―執行機関の誠実管理・執行義務
地自法第138条の2の2は、普通地方公共団体の執行機関が、議会の議決に基づく事務、法令、規則その他の規程に基づく事務を、自らの判断と責任において、誠実に管理し、執行しなければならないことを定めています。
この規定は、市長その他の執行機関が、単に議会や弁護士の判断に従えば足りるというものではなく、地方公共団体の執行機関として、自ら憲法、国際法、法律に適合するかを判断し、誠実に対応すべきことを意味します。
本件では、過去の辞職勧告決議について、無罪推定、適正手続、実効的救済義務との関係で重大な疑義が生じています。
そのような状況で、須賀川市が「議会の問題である」「係争中である」「弁護士に一任している」などとして、主体的な検証、説明、是正を行わないことは、地自法第138条の2の2が求める誠実管理・執行義務に反します。
特に、ICCPR第2条第3項が実効的救済を求め、一般的意見31号が救済の実効性を求めている以上、市の執行機関は、権利侵害の申立てに対し、形式的な回答や窓口案内で済ませることはできません。
5-6 地自法上の問題―地方公共団体の行為も憲法・条約に従う
地自法は、地方公共団体の組織及び運営を定める法律です。
地方議会は、地方自治における重要な機関ですが、その権限行使は無制限ではありません。地方議会の決議も、憲法、国際法、法律に適合していなければなりません。
また、市長その他の執行機関も、地自法第138条の2の2に基づき、自らの判断と責任において、誠実に事務を管理し、執行しなければなりません。
したがって、辞職勧告決議が法的拘束力を持たない意思表示であるとしても、それが公的機関による人権侵害を構成する場合には、地自法上も問題となります。
さらに、その後に市又は議会が是正、検証、説明を怠る場合には、過去の決議の問題にとどまらず、現在の救済・是正義務違反としても問題となります。
5-7 財務会計上の問題―違法な公金支出及び怠る事実
本件では、辞職勧告決議そのものだけでなく、その決議に伴う会議、議事録作成、印刷、通知、職員関与等に関する公金支出も問題となります。
仮に、辞職勧告決議の目的又は内容が、憲法、ICCPR及び国内法の趣旨に反するものであった場合、その決議に関連して行われた公金支出についても、財務会計上の適法性が問題となります。
また、須賀川市が、そのような支出について違法性の有無を調査せず、必要な損害賠償請求権その他の財産上の請求権を検討・行使しない場合、地自法第242条第1項にいう「財務会計上の行為を怠る事実」が問題となります。
特に、本件では、過去の支出を単に問題にするだけではなく、市が現在に至っても「適正に処理された」とする立場を維持し、違法性を検証していない点が重要です。
これは、過去の支出の問題にとどまらず、現在の財務会計上の不作為又は不適法な判断の問題として整理されます。
6 本件における違憲・違法構造
6-1 第一段階―刑事責任未確定段階における決議理由及び採決手順の事前形成
2011年(平成23年)10月24日、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で実況見分が行われ、経路及び約11.5キロメートルという距離に関する捜査資料が形成されました。
実況見分が終了した約35分後、須賀川市議会議会運営委員会が開かれました。
議会運営委員会では、圓谷年雄が道路交通法違反の疑いで逮捕されたことを前提として辞職を求める決議文案と、質疑、委員会付託及び討論を省略して採決する手順が整理されました。
同月26日、第1回辞職勧告決議が全会一致で可決されました。
この時点で、圓谷年雄は起訴前の勾留により本会議へ出席できず、捜査及び取調べが継続していました。
また、議事録上、事前の弁明又は反論の機会が保障されたことを示す記載はありません。
2011年(平成23年)11月24日、圓谷年雄は議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示しました。
その4日後の11月28日、議会運営委員会では、この説明が第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を示さないものと評価されました。
その上で、第2回辞職勧告決議の理由、本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知手順が整理されました。
12月1日、第1回公判前かつ有罪判決前に、第2回辞職勧告決議が可決されました。
提案理由では、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待つとしたことを含む対応が「社会正義に反する」と評価され、在職中に飲酒運転をしたことが確定した事実として扱われました。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議は、いずれも本会議で偶発的に生じたものではありません。
刑事責任が確定していない段階で、それぞれ事前の議会運営委員会において、辞職を求める理由及び採決手順が具体的に形成された上で行われた公的行為です。
6-2 第二段階―公的機関による判決前の有罪視
辞職勧告決議は、私人の意見又は個別議員の感想ではありません。
地方議会という公的機関が、本会議で採決し、議事録に記録する公式な意思表示です。
第1回決議は起訴前の勾留中に、第2回決議は第1回公判前かつ有罪判決前に行われました。
特に第2回決議では、刑事裁判の結果を待つという本人の立場が否定的に評価され、犯罪事実が既に確定したものとして扱われました。
この公的行為が捜査、起訴又は判決へ具体的な影響を及ぼしたことを証明できるか否かとは別に、決議及び提案理由自体がICCPR第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかを判断する必要があります。
無罪推定は、有罪判決への具体的影響が証明された場合にだけ保護される権利ではありません。
有罪判決が確定する前に、公的機関から有罪者として扱われないこと自体が保障内容です。
6-3 第三段階―公的有罪視が存在する状況下での刑事手続
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続しました。
第1回決議時点では、後に起訴状及び判決書に採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていませんでした。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書において、携帯電話の発着信履歴、第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間が組み合わされ、事故時刻が午後7時40分頃と逆算されました。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はありません。
その7日後の11月9日、午後7時40分頃という時刻が起訴状の公訴事実として採用されました。
さらに、第2回辞職勧告決議が第1回公判前に行われた後、同年12月26日に第1回公判が開かれ、2012年(平成24年)1月16日に有罪判決が言い渡されました。
この経過だけから、辞職勧告決議が供述形成、起訴又は判決へ具体的に影響したと断定することはできません。
しかし、公的有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したという事実は残ります。
したがって、本件刑事手続について、ICCPR第14条第1項、憲法第31条、同第32条及び同第37条第1項との関係から、公正な裁判及び適正手続が実質的に保障されていたかを追加的に検証する必要があります。
6-4 第四段階―決議賛成議員を含む第三者供述と証人審問権
判決書の「証拠の標目」には、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書及び検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられています。
第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていません。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
この事実だけから、当該2名の供述が虚偽であった、又は辞職勧告決議と刑事裁判との間に直接的な因果関係があったと断定することはできません。
また、判決書のみからは、各供述調書の具体的な採用根拠及び弁護側の同意の有無は確認できません。
しかし、刑事責任確定前に辞職を求める公的決議へ賛成した者の供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問を経ないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていたことは重要です。
形式上の証拠能力又は同意の有無と、供述者の記憶、認識、供述経過、決議への関与、立場及び信用性を実質的に争う機会が保障されていたかは、区別して検証しなければなりません。
したがって、この証拠構造について、憲法第37条第2項、ICCPR第14条第3項(e)及び一般的意見32号39項との関係で検証する必要があります。
6-5 第五段階―是正されないまま継続する人権侵害
本件の問題は、2011年(平成23年)及び2012年(平成24年)の辞職勧告決議だけではありません。
須賀川市及び須賀川市議会は、その後、判決前の二つの辞職勧告決議について、無罪推定、公正な裁判、適正手続及び証人審問権との関係から実質的な検証又は是正を行っていません。
辞職勧告決議は、公的記録として現在も維持されています。
権利侵害の申立てに対しても、「係争中である」「弁護士に一任している」「法務局へ相談すべきである」などとして、実体的な判断、説明及び是正が行われていません。
過去の権利侵害が検証又は是正されず、実効的な救済も提供されていない場合、その問題は単なる過去の出来事として終了しません。
ICCPR第2条第3項及び一般的意見31号が求める実効的救済との関係で、現在の救済不履行それ自体が新たな問題となります。
6-6 第六段階―市及び議会の説明責任
須賀川市及び須賀川市議会が、過去の辞職勧告決議及びその後の対応を「適正に処理した」とするのであれば、少なくとも次の事項を説明する必要があります。
- 起訴前の勾留中に第1回辞職勧告決議を行ったことが、なぜ無罪推定に反しないのか。
- 第1回公判前に犯罪事実を確定したものとして第2回辞職勧告決議を行ったことが、なぜ無罪推定に反しないのか。
- それぞれの議会運営委員会で、決議理由及び採決手順を事前に整理したことを、どのように評価したのか。
- ICCPR第14条第2項及び一般的意見32号30項との整合性を、どのように説明するのか。
- 公的有罪視が存在する状況の下で進行した刑事手続を、ICCPR第14条第1項、憲法第31条、同第32条及び同第37条第1項との関係で、どのように検証したのか。
- 第三者5名に対する証人尋問及び反対尋問が行われなかったことを、憲法第37条第2項、ICCPR第14条第3項(e)及び一般的意見32号39項との関係で、どのように評価するのか。
- 第三者5名のうち2名が、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員であったことを、供述者の立場及び信用性との関係で、どのように検討したのか。
- 各第三者供述調書が採用された刑事訴訟法上の根拠、弁護側の同意の有無及び反対尋問機会の実質を、どのように確認したのか。
- VCLT第26条、第27条及び第31条に照らし、ICCPRを誠実に履行し、条約の趣旨及び目的に沿って解釈したといえる根拠は何か。
- 地自法第89条及び第138条の2の2に照らし、議会及び市の執行機関が、自ら法的検証及び是正を行ったといえる根拠は何か。
- 権利侵害を主張する者に対し、ICCPR第2条第3項上の実効的救済を、どのように提供するのか。
これらに答えないまま、「法的拘束力がない」「政治的意思表示である」「裁判は確定している」「係争中である」などと述べるだけでは、憲法及び国際人権法上の説明責任を果たしたことにはなりません。
7 「法的拘束力がない」とする説明の限界
辞職勧告決議については、「法的拘束力を持たない意思表示にすぎない」と説明されることがあります。
しかし、この説明だけでは本件の問題は解消されません。
なぜなら、本件で問題としているのは、辞職勧告決議によって直ちに議員資格が失われたかどうかではないからです。
問題は、刑事責任が確定していない段階で、地方議会という公的機関が、有罪を前提とするような公的意思表示を行ったことにあります。
この点で重要なのが、自由権規約委員会の Gridin v. Russian Federation(グリディン対ロシア事件)です。
同事件で問題とされた高官らの発言は、それ自体として裁判所を法的に拘束する判決や命令ではありませんでした。
それでも、自由権規約委員会は、裁判前に公的立場の者が有罪を前提とするような発言を行ったことを、無罪推定原則との関係で問題としました。
このことは、無罪推定原則において問題となるのが、形式的な法的拘束力の有無だけではないことを示しています。
公的機関による言動が、自由権規約第14条第2項の無罪推定原則に抵触する内容である場合、それは法的拘束力を持たないものであっても、同条との関係で問題となり得ます。
本件の辞職勧告決議も、形式的には法的拘束力を持たない意思表示でした。
しかし、地方議会という公的機関が、起訴前・勾留中又は初公判前・有罪判決前の段階で、有罪を前提とするような公的意思表示を行ったのであれば、その問題は「法的拘束力がない」という説明だけでは解消されません。
実際に、辞職勧告決議が社会的・政治的圧力としてどのように作用したかは、本件の重大性を示す事情です。
しかし、無罪推定原則との関係では、公的機関が判決確定前に有罪を前提とする評価を示したこと自体が問題となります。
したがって、辞職勧告決議に法的拘束力がなかったことは、無罪推定侵害を否定する理由にはなりません。
8 想定される反論と本サイトの検討
反論1 辞職勧告決議は法的拘束力のない政治的意思表示にすぎないのではないか
辞職勧告決議は、議員資格を直ちに失わせる法的拘束力を持つものではなく、地方議会による政治的意思表示にすぎないという反論が考えられます。
しかし、本件で問題としているのは、辞職勧告決議によって直ちに議員資格が失われたかどうかだけではありません。
問題は、公的機関である地方議会が、有罪判決が確定する前に、被疑者又は被告人について有罪を前提とする評価を含む公式な意思表示を行ったことです。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項及び一般的意見第32号第30項に照らせば、法的拘束力の有無だけで、無罪推定との関係を処理することはできません。
反論2 現実に刑事裁判へ影響したことが立証されていないのではないか
判決前の辞職勧告決議が、実際に裁判官の判断、量刑判断又は判決内容に影響したことが直接立証されていなければ、無罪推定侵害とはいえないという反論が考えられます。
しかし、無罪推定の問題は、後の裁判に現実の影響があったかどうかだけに限られません。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項及び一般的意見第32号第30項が問題にしているのは、公的機関が刑事裁判の結果を予断し、判決前に有罪を前提とする評価を示すこと自体です。
したがって、現実の影響の有無は重要な検証対象ですが、それが直接立証されない限り無罪推定の問題が成立しない、という整理は採ることができません。
反論3 Gridin事件は捜査機関関係者の発言事案であり、地方議会決議とは性質が異なるのではないか
Gridin事件は、捜査機関関係者による発言が問題となった事案であり、本件のような地方議会の辞職勧告決議とは性質が異なるという反論が考えられます。
この反論は、本件でGridin事件を参照する際に検討すべき重要な論点です。
たしかに、Gridin事件と本件では、公的発言又は公的意思表示を行った機関の種類、発言の形式、国内制度上の位置付けに違いがあります。
Gridin事件は捜査機関関係者による発言が問題となった事案であり、本件は地方議会による辞職勧告決議が問題となっている事案です。
また、地方議会は、刑事事件の捜査、起訴又は裁判を直接担当する機関ではありません。
この意味では、捜査機関関係者の発言と地方議会の決議を、全く同一のものとして扱うことはできません。
しかし、そのことは、地方議会の決議が無罪推定原則との関係で問題とならないことを意味しません。
一般的意見第32号第30項は、無罪推定について、裁判所や捜査機関だけでなく、すべての公的機関に裁判結果を予断しない義務があることを示しています。
したがって、Gridin事件が捜査機関関係者の発言を対象とした事案であることは、同事件の事実関係上の特徴ではありますが、地方議会という公的機関が無罪推定義務の対象から当然に外れることを意味しません。
むしろ、地方議会の辞職勧告決議は、単なる私人の発言や個別議員の感想ではありません。
それは、地方議会という公的機関が、本会議において、議事録に残る形で行う公式な意思表示です。
その決議が、有罪判決が確定する前に、被疑者又は被告人について有罪を前提とする評価を含む場合、社会的評価、政治的地位、名誉及びその後の公的対応に影響を及ぼし得る制度的行為となります。
本件では、第1回辞職勧告決議が、起訴前の勾留により圓谷年雄が本会議へ出席できない状態で、質疑、委員会付託及び討論を省略して全会一致で可決されました。
また、第2回辞職勧告決議では、本人が本会議に出席していたにもかかわらず、地方自治法第117条を理由に退場を求められ、その後に提案理由説明、質疑等の省略及び採決が行われました。
さらに、本件では、地方議会による判決前の辞職勧告決議が、議会内部にとどまらず、報道を通じて継続的に社会へ伝えられていた点も重要です。
福島民報及び福島民友の両紙は、2011年(平成23年)10月20日の逮捕報道から2012年(平成24年)1月16日の判決に至るまでの約3か月間、逮捕、送検、第1回辞職勧告決議、起訴、初公判、判決という、判決前の刑事手続及び議会手続の各節目を継続的に報道しました。
これらの報道では、第1回辞職勧告決議が全会一致で可決されたこと、及び提案理由を説明した副議長の実名による発言が報じられています。
また、第2回辞職勧告決議も、初公判前の2011年(平成23年)12月1日に、同じく全会一致で可決され、報道されました。
このように、判決前の時点においてすでに、本件は単発の発言や一回的な報道にとどまるものではありません。
地方議会による辞職勧告決議が、判決前の刑事手続の進行と歩調を合わせる形で反復され、複数の地元紙によって継続的に報道された事案です。
したがって、本件における判決前の地方議会決議は、刑事手続と無関係な抽象的政治評価として片付けることはできません。
加えて、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員2名の供述調書は、同じ刑事事件において、検察官に対する供述調書として判決書の証拠標目に掲げられています。
この事実は、本件における判決前の議会決議と刑事裁判が、完全に切り離された別個の出来事ではなく、同じ刑事事件の証拠構造の中にも接点を持っていたことを示すものです。
もっとも、この点は、ここで直ちに供述調書の信用性そのものを全面的に争うために取り上げるものではありません。
本サイトがここで確認するのは、地方議会による判決前の有罪視が、刑事手続と無関係な抽象的政治評価にとどまっていたとはいえない事情が存在するという点です。
本件で重要なのは、機関の名称や形式だけではありません。
重要なのは、公的機関が、有罪判決が確定する前に、被疑者又は被告人について有罪を前提とする評価を示したかどうかです。
Gridin事件と本件では、公的機関の種類や発言形式に違いがあります。
しかし、本件では、公的機関による判決前の有罪視が、地方議会の公式な決議として行われ、判決前の刑事手続の進行と歩調を合わせる形で報道を通じて社会へ伝えられ、さらに同じ刑事事件の証拠構造にも接続していた事情があります。
この反復性及び制度的広がりは、無罪推定原則との関係で独立して検証されるべき事情です。
その意味で、Gridin事件は、本件と同一事案ではないとしても、公的機関による判決前の有罪視を無罪推定との関係で検証する際の重要な先例として参照されるべきものです。
反論4 議会は刑事責任ではなく、政治的・道義的責任を評価しただけではないか
須賀川市議会は、本人の刑事責任を判断したのではなく、議員としての政治的・道義的責任を評価したにすぎないという反論が考えられます。
しかし、政治的・道義的責任という表現を用いたとしても、その評価の前提として、判決前に犯罪事実があったことを断定し、又は有罪を前提とする評価を示している場合には、無罪推定との関係で問題が残ります。
本件では、第1回及び第2回辞職勧告決議において、有罪判決が確定する前に、飲酒運転をしたことを前提とする評価や、政治的・道義的責任を免れないとする評価が示されています。
したがって、単に「政治的・道義的責任」という言葉を用いたことによって、自由権規約(ICCPR)第14条第2項及び一般的意見第32号第30項の問題を回避できるわけではありません。
反論5 第三者の供述調書は弁護側が同意して採用されたのであれば、証人尋問がなくても問題はないのではないか
刑訴法第326条は、検察官及び被告人が証拠とすることに同意し、裁判所が相当と認める場合に、書面又は物を証拠とすることを認めています。
したがって、本件の第三者供述調書について弁護側の同意が存在した場合、そのことは証拠能力及び証人審問権を検討する上で重要な事情となります。
しかし、本件判決書のみからは、第三者5名の各供述調書について、弁護側の同意が存在したのか、どのような範囲及び理由で同意したのか、又は刑訴法第321条その他の規定により採用されたのかは確認できません。
また、形式上の同意が存在することと、供述者本人の記憶、認識、供述経過、立場及び信用性を争う実質的な必要性がなかったことは同じではありません。
特に、本件では、第三者5名のうち2名が、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
この2名は、刑事手続の外部では、刑事責任確定前に圓谷年雄へ辞職を求める公的決議に賛成し、刑事手続の内部では、その供述調書が検察側証拠として用いられました。
したがって、弁護側がその立場及び決議への関与を認識していたのか、供述の正確性及び信用性を争う必要性を十分に判断できる資料が提供されていたのか、同意が自由かつ十分な情報に基づいて行われたのかを確認する必要があります。
有効な同意又は権利放棄が確認される場合には、その事情を踏まえた評価が必要です。
しかし、同意の存在及び具体的内容を確認しないまま、「供述調書が採用されている以上、弁護側が同意したはずであり、何の問題もない」と推定することはできません。
また、証拠能力に関する形式的な問題と、公的有罪視に関与した供述者の立場及び信用性を反対尋問によって実質的に争う機会が保障されていたかという公正裁判上の問題は、区別して検証する必要があります。
9 「議会の裁量」とする説明の限界
地方議会には、一定の政治的裁量があります。
しかし、地方議会の裁量は、憲法及び国際人権法の範囲内でのみ認められます。
議会の多数決によっても、無罪推定を侵害することはできません。
議会の政治的判断によっても、裁判所の判断に先立って刑事責任を前提とする社会的制裁を加えることはできません。
したがって、本件を単なる議会裁量の問題として処理することはできません。
10 「過去の問題」とする説明の限界
本件について、「すでに過去の問題である」とする見方もあり得ます。
しかし、その理解は不十分です。
第一に、辞職勧告決議は、公的記録として現在も残っています。
第二に、市及び議会が、これを検証せず、是正せず、適正であったかのような外観を維持している限り、名誉回復の妨害は現在も続いています。
第三に、ICCPR第2条第3項は、権利侵害に対して実効的救済を求めるものであり、過去の侵害であっても、救済が提供されていない限り、現在の問題として扱われます。
したがって、本件は単なる過去の政治的出来事ではありません。現在もなお、検証と是正が求められる人権問題です。
11 本件の結論
本件における法的問題は、辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力があったかという一点には集約されません。
第一に、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、ICCPR第14条第2項及び一般的意見32号30項が保障する無罪推定に適合していたかという問題があります。
第1回決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留により本会議へ出席できず、捜査及び取調べが継続している段階で行われました。
第2回決議は、第1回公判前かつ有罪判決前に行われ、犯罪事実を確定したものとして扱いました。
これらの決議が捜査、起訴又は判決へ具体的に影響したことを証明できるか否かとは別に、公的行為自体の無罪推定適合性を独立して判断しなければなりません。
第二に、公的機関による判決前の有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことを、ICCPR第14条第1項、憲法第31条、同第32条及び同第37条第1項との関係で検証する必要があります。
第三に、判決書の「証拠の標目」に掲げられた第三者5名の供述調書について、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問が行われなかったことを、憲法第37条第2項、ICCPR第14条第3項(e)及び一般的意見32号39項との関係で検証する必要があります。
その第三者5名のうち2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した市議会議員でした。
この事実だけから、供述が虚偽であったこと、辞職勧告決議が刑事裁判へ直接影響したこと又は供述調書が当然に違法な証拠であったことを断定することはできません。
しかし、刑事責任確定前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問を経ないまま、有罪判決の証拠構造に組み込まれていたことは、議会による判決前の公的評価と刑事裁判を当然に完全無関係な出来事として切り離すことを困難にします。
したがって、各供述調書の刑事訴訟法上の採用根拠、弁護側の同意の有無、同意が存在した場合の具体的内容及び供述を争う実質的な機会が保障されていたかを確認する必要があります。
第四に、須賀川市及び須賀川市議会が、これらの問題について実質的な調査、判断、説明及び是正を行わず、公的記録を維持し続けていることは、ICCPR第2条第3項及び一般的意見31号が求める実効的救済との関係で、現在の問題となります。
後に有罪判決が言い渡され、確定したことは、起訴前及び判決前に行われた公的機関の行為を遡って正当化するものではありません。
また、判決が刑事訴訟法上確定したことだけで、無罪推定、公正な裁判、適正手続及び証人審問権に関する問題が当然に消滅するものでもありません。
本件で検証すべきなのは、判決前の辞職勧告決議、議会運営委員会における事前協議、身柄拘束下での供述形成、第三者供述調書の採用、証人尋問及び反対尋問の不存在、有罪判決並びにその後の救済不履行を、それぞれの法的問題を区別しながら、一つの制度的構造として捉えることです。
この構造を、日本国憲法、自由権規約、一般的意見、条約法に関するウィーン条約、刑事訴訟法及び地方自治法に照らして検証し、必要な説明、是正及び実効的救済を行うことが、須賀川市及び須賀川市議会に求められています。
12 要点の整理
本ページの要点は、以下のとおりです。
- 辞職勧告決議は、法的拘束力を持たない意思表示であっても、地方議会という公的機関による公式な意思表示です。
- 第1回及び第2回辞職勧告決議は、本会議で突然生じたものではなく、それぞれ事前の議会運営委員会において、辞職を求める理由及び採決手順が具体的に整理された上で行われました。
- 第1回決議は起訴前の勾留中に、第2回決議は第1回公判前かつ有罪判決前に行われました。
- 第2回決議では、刑事裁判の結果を待って進退を判断するという本人の立場が否定的に評価され、犯罪事実が既に確定したものとして扱われました。
- したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、ICCPR第14条第2項及び一般的意見32号30項が保障する無罪推定に適合していたかを、刑事裁判への具体的影響の有無とは独立して判断する必要があります。
- 公的有罪視が存在する状況の下で、身柄拘束、取調べ、供述形成、起訴、公判での認否及び有罪判決が進行したことについては、ICCPR第14条第1項、憲法第31条、同第32条及び同第37条第1項との関係で、刑事裁判の公正性及び適正手続を検証する必要があります。
- 判決書の「証拠の標目」には、第三者5名の供述調書が掲げられていますが、供述者本人に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていません。
- 第三者5名のうち2名は、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した須賀川市議会議員でした。
- この事実だけから、供述が虚偽であったこと、供述調書に証拠能力がなかったこと又は辞職勧告決議が刑事裁判へ直接影響したことを断定することはできません。
- しかし、各供述調書の刑事訴訟法上の採用根拠、弁護側の同意の有無及び供述者の記憶、認識、供述経過、決議への関与、立場及び信用性を反対尋問によって実質的に争う機会が保障されていたかを確認する必要があります。
- この問題は、憲法第37条第2項、ICCPR第14条第3項(e)及び一般的意見32号39項との関係で検証されなければなりません。
- 本件は、憲法第13条、同第31条、同第32条、同第37条第1項・第2項、同第38条、同第76条第1項、同第98条及び同第99条との関係で問題となります。
- 国際法上は、ICCPR第14条第1項・第2項・第3項(e)、同第2条第3項、一般的意見32号30項・39項、一般的意見31号並びにVCLT第26条、第27条及び第31条等との関係で問題となります。
- 刑事訴訟法上は、第317条、第318条、第319条、第320条、第321条、第326条及び第336条との関係で、証拠能力、証明力、自白法則、伝聞法則、同意及び犯罪の証明を区別して検証する必要があります。
- 須賀川市及び須賀川市議会が、これらの問題について実質的な調査、判断、説明及び是正を行っていないことは、ICCPR第2条第3項及び一般的意見31号が求める実効的救済との関係で、現在の問題となります。
「法的拘束力がない」「議会の裁量である」「裁判は確定している」「過去の問題である」という説明だけでは、本件の違憲・違法構造は解消されません。
以上が、本件における法的主張と違憲違法構造の基本的整理です。





