2026年7月19日 更新
刑事手続、報道、供述の変遷及び市議会対応の時系列
はじめに
須賀川市議会は、2011年(平成23年)10月26日及び同年12月1日、圓谷年雄議員に対する辞職勧告決議を可決した。
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続している段階で行われた。
第2回辞職勧告決議は、起訴後ではあるものの、第1回公判前及び有罪判決前に行われた。
この二つの決議は、それぞれ孤立した出来事ではない。
圓谷年雄の逮捕後、身柄拘束及び取調べが続く中で新聞・テレビ・他報道が行われ、2011年(平成23年)10月26日、須賀川市議会による第1回辞職勧告決議が可決された。
この時点では、後に起訴状及び判決書へ採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
逮捕当日及び警察段階の供述調書では、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
しかし、この時刻は、圓谷年雄が事故時刻を思い出し、自らの体験記憶に基づいて述べたものではない。
2011年(平成23年)10月20日付供述調書には、事故時刻及び事故場所について、警察官から聞いて分かった旨が記載されている。
また、同月24日の実況見分においても、圓谷年雄は、実際に運転を開始した場所及び走行経路を記憶していないと説明している。
その状態で、市役所駐車場から事故現場までの「現時点で通るとする道路」が記録され、その距離が約11.5キロメートルと測定された。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続した。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書では、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間が組み合わされている。
その上で、片側交互通行地点を午後7時30分頃に通過し、そこから約10分で事故現場へ到達したとすれば、ガードレールに衝突した時刻は午後7時40分頃であると整理されている。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
したがって、圓谷年雄が記憶を取り戻し、事故時刻に関する供述を午後7時50分頃から午後7時40分頃へ自発的に変更したという経過ではない。
事故時刻の記憶がない状態が続く中で、逮捕後に示された捜査情報、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間を組み合わせ、午後7時40分頃という時刻が逆算によって具体化されたのである。
その7日後の2011年(平成23年)11月9日、この午後7時40分頃という時刻が起訴状の公訴事実として採用された。
さらに、2012年(平成24年)1月16日の判決書も、同じ午後7時40分頃という時刻を「罪となるべき事実」として採用した。
したがって、本件では、圓谷年雄の一貫した体験記憶によって事件像が逮捕当初から確定していたのではない。
圓谷年雄の記憶が回復しないまま、逮捕後に示された情報、圓谷年雄の推測、実況見分で設定された経路、携帯電話の発着信履歴、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間を組み合わせることにより、運転経路、走行距離、運転意思及び事故時刻を含む事件像が段階的に具体化された。
その過程と並行して、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べが継続し、起訴前に第1回辞職勧告決議が、初公判前に第2回辞職勧告決議が可決された。
この時間的関係は、第1回及び第2回辞職勧告決議が、捜査及び刑事裁判とは無関係な外部の出来事であったとして、当然に切り離すことができるものではない。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、裁判の結果を予断しない義務が、裁判所だけでなく、地方議会を含むすべての公的機関に及ぶことを示している。
したがって、本件では、辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ実際に影響したかという問題とは別に、判決前に公的機関が圓谷年雄に辞職を求めた公的意思表示それ自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかという問題を、独立して検証する必要がある。
その上で、公的機関による判決前の評価が存在する状況の下で、供述、公訴事実、証拠構造、公判廷での認否及び判決がどのように形成されたのかは、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判との関係で、追加的に検証されるべき問題である。
本ページは、各証拠記事に掲載された一次資料を横断し、逮捕から第2回辞職勧告決議までの経過を、刑事手続、報道、供述の形成及び市議会対応を重ねながら複合的に検証するためのページである。
個別資料の原文、資料概要及び詳細な検討については、それぞれの証拠記事で確認することができる。
以下では、逮捕から第2回辞職勧告決議までの経過を時系列で整理し、個別の出来事を単独で見るだけでは把握しにくい相互関係及び全体構造を検証する。
このページの位置付け
本ページは、一つの資料を紹介する証拠記事ではない。
本ページは、逮捕、報道、供述調書、実況見分、起訴、保釈、市議会対応を時系列で重ね、各出来事の関係を整理するための統合検証記事である。
個別の証拠記事では、各資料ごとの内容、確認できる事実、重要な記載及びそこから生じる疑問を整理している。
これに対し、本ページでは、それらの資料を横断し、単独の資料だけでは見えにくい経過のつながりを整理する。
タイムライン
2011年10月18日 事故発生
本件事故が発生したとされた。
逮捕当初の捜査資料及び新聞報道では、事故時刻は午後7時50分頃として扱われていた。
この時刻は、その後、起訴状及び判決書で採用された午後7時40分頃とは異なる。
2011年10月19日 任意出頭及び逮捕
圓谷年雄は、自ら警察署へ出頭した。
その後、午後1時9分、道路交通法違反の被疑事実により通常逮捕された。
同日作成された警察官面前供述調書では、事故時刻は午後7時50分頃と記載されている。
2011年10月20日 新聞報道
新聞は、圓谷年雄が飲酒したこと及び事故を起こしたことは認めているものの、飲酒運転については否認している旨を報じた。
逮捕直後の段階では、圓谷年雄が飲酒運転を認めたとする報道ではなかった。
同日付警察官面前供述調書には、事故時刻及び事故場所について、圓谷年雄が自らの記憶によって特定したのではなく、警察官から聞いて分かった旨が記載されている。
また、飲食店で飲酒した後から、事故現場で警察官に起こされるまでの記憶がない旨も記載されている。
したがって、午後7時50分頃という当初の事故時刻も、圓谷年雄の体験記憶に基づいて供述されたものではない。
2011年10月21日 検察官送致及び新聞報道
圓谷年雄は、警察から検察官へ送致された。
検察官送致は、逮捕された被疑者の身柄及び事件を警察から検察官へ引き継ぐ手続上の段階であり、この時点で有罪を立証する証拠及び公訴事実が完成したことを意味するものではない。
新聞は、圓谷年雄が容疑を大筋で認め始めた旨を報じた。
前日の報道では否認とされていたものが、翌日の報道では大筋で認めたとの内容へ変化した。
この時点で、圓谷年雄は起訴されておらず、刑事裁判も始まっていなかった。
2011年10月22日 警察官面前調書
警察官面前供述調書が作成された。
同調書では、圓谷年雄が飲食店を出たこと、市役所駐車場まで歩いたこと、市役所駐車場に駐車していた車両を運転して出発したこと及び事故現場方向へ走行した理由について説明されている。
しかし、これらは、圓谷年雄が実際の行動を思い出して述べたものではない。
携帯電話の発信履歴、車両の駐車場所、普段利用していた運転代行業者、通常の帰宅経路及び日常の行動等を前提として、「思います」「だと思います」という推測表現を用いて説明されている。
したがって、圓谷年雄の記憶に存在しない行動について、逮捕後に確認された情報と日常の生活習慣を組み合わせ、推測による供述が形成されていたことが確認できる。
2011年10月24日 実況見分
実況見分が行われた。
実況見分は、午後1時40分から午後2時5分まで行われた。
圓谷年雄は、市役所駐車場から事故現場までの実際の走行経路を覚えていないと説明した。
その状態で、市役所駐車場を出発地点、事故現場を到着地点として、その間の「現時点で通るとする道路」が記録された。
その経路の距離が、約11.5キロメートルと測定された。
したがって、この約11.5キロメートルは、圓谷年雄が事故当日の実際の走行経路を思い出して再現した距離ではない。
出発地点及び事故現場の位置関係を前提として、捜査段階で設定された経路の距離である。
実況見分後も、実況見分調書に記載された事故時刻は午後7時50分頃のままであった。
同日 第1回辞職勧告決議前の議会運営委員会
実況見分が終了した約35分後の午後2時40分から、須賀川市議会議会運営委員会が開かれた。
議会運営委員会では、圓谷年雄議員に対する第1回辞職勧告決議案の文案及び本会議における処理手順が協議された。
当初の文案に含まれていた地元新聞に関する記述は削除された。
一方、圓谷年雄が道路交通法違反の疑いで逮捕されたことを前提として、政治的・道義的責任、市民感情、議会の権威保持及び名誉回復を理由に辞職を求める構成は維持された。
また、本会議では、提案理由の説明後、質疑、委員会付託及び討論を省略し、決議案を表決する手順が、あらかじめ整理された。
実況見分と議会運営委員会が同日に行われたことだけから、捜査機関と市議会が連絡又は連動していたと断定することはできない。
しかし、捜査側で、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態のまま、経路及び距離に関する捜査資料が形成された同日に、議会側では、逮捕を前提として辞職を求める決議文案及び採決手順が具体化されていたことは確認できる。
2011年10月25日 警察官面前調書
警察官面前供述調書が作成された。
同調書では、前日に作成された実況見分調書添付の運転経路見取図が圓谷年雄に示されている。
約11.5キロメートルという距離についても、圓谷年雄が実際の走行を思い出して述べたのではなく、警察官から説明を受けて分かった旨が記載されている。
したがって、本件では、圓谷年雄が実際の走行経路を思い出し、その記憶に基づいて実況見分調書が作成されたのではない。
圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で経路が捜査資料として設定され、その経路図及び距離が示された後、設定された経路を前提とする説明が供述調書に記録されたという順序である。
また、同調書においても、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
2011年10月26日 第1回辞職勧告決議
須賀川市議会は、圓谷年雄議員に対する第1回辞職勧告決議を全会一致で可決した。
当時、圓谷年雄は起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続していた。
刑事裁判は始まっておらず、刑事責任に関する司法判断も行われていなかった。
この時点では、後に起訴状及び判決書で採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
圓谷年雄は起訴前の勾留中であり、本会議へ出席できない状態に置かれていた。
議事録上、須賀川市議会が、圓谷年雄から事前に事情を聴いたこと、勾留中の圓谷年雄に対して弁明又は反論の機会を確保したことを示す記載はない。
その状態のまま、質疑、委員会付託及び討論が省略され、出席議員全員の起立により、第1回辞職勧告決議が可決された。
議事録上、本会議は午前10時に開議され、午前10時4分に休憩に入っている。
したがって、第1回辞職勧告決議に関する議事は、圓谷年雄が起訴前の勾留により出席できず、弁明及び反論の機会も確認できない状況の下で、開議から休憩までの4分間に行われたことになる。
したがって、第1回辞職勧告決議は、捜査及び供述形成が終了し、公訴事実が確定した後に行われたものではない。
圓谷年雄の身柄拘束が続き、記憶のない行動に関する推測供述及び捜査資料が形成されている途中の段階で行われたものである。
2011年10月26日以降 勾留延長
刑事訴訟法上、被疑者の勾留期間は原則として10日間である。
やむを得ない事由がある場合には、検察官の請求により、裁判官が勾留期間を延長することができる。
本件では、第1回辞職勧告決議が可決された後、検察官による勾留延長請求が行われ、勾留期間が延長された。
圓谷年雄は、第1回辞職勧告決議後に釈放されたのではない。
その後も身柄拘束及び取調べが継続した。
したがって、第1回辞職勧告決議は、捜査及び取調べが終了した後に行われたのではなく、圓谷年雄が引き続き捜査機関の管理下に置かれ、供述及び事件像が具体化されている期間中に行われたことになる。
2011年11月2日 検察官面前調書
検察官面前供述調書が作成された。
同調書の冒頭では、従前と同じく、事故時刻は午後7時50分頃とされている。
一方、同調書の後半では、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間が組み合わされている。
その上で、圓谷年雄が午後7時20分過ぎ頃に市役所駐車場を出発し、片側交互通行地点を午後7時30分頃に通過し、そこから約10分で事故現場へ到達したとする時間経過が組み立てられている。
この時間経過を前提として、ガードレールに衝突した時刻が午後7時40分頃と整理された。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
したがって、午後7時40分頃という時刻は、圓谷年雄が記憶を回復し、午後7時50分頃という従前の供述を自発的に訂正したことによって判明したものではない。
逮捕後に収集又は整理された捜査情報、第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間を組み合わせ、逆算によって具体化された時刻である。
また、警察段階の供述調書では、運転開始、走行経路及び運転目的について推測表現が繰り返されていた。
これに対し、11月2日付検察官面前供述調書では、実際の運転場面に関する記憶が回復したとの記載がないにもかかわらず、運転代行を待ちきれず、自ら運転して帰ろうと考えたという、運転意思及び内心に関する、より断定的な説明が記載されている。
圓谷年雄の記憶状態が変化したことを示す記載がないまま、捜査情報の提示及び取調べの進行に伴い、供述が、記憶のない行動に関する推測から、より具体的かつ断定的な内容へ変化していたことが確認できる。
2011年11月9日 起訴及び保釈
圓谷年雄は、道路交通法違反の罪により起訴された。
起訴状では、事故時刻として午後7時40分頃が採用された。
したがって、11月2日付検察官面前供述調書において、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から逆算された午後7時40分頃という時刻が、公訴事実として裁判所へ提出されたことになる。
逮捕当初から扱われていた午後7時50分頃という時刻ではなく、勾留中の検察官面前供述調書で具体化された午後7時40分頃という時刻が、その後の刑事裁判における審判対象となった。
同日、住居、召喚時の出頭、証拠隠滅等の禁止及び海外旅行等の許可制などを条件とする保釈許可決定が行われ、圓谷年雄は釈放された。
2011年11月24日 議員全員協議会
議員全員協議会が開催された。
この時点で、圓谷年雄は起訴後であったが、第1回公判はまだ開かれていなかった。
圓谷年雄は、弁護士が同席しない状態で、多数の市議会議員の前に出席した。
後の第2回辞職勧告決議の提案理由では、圓谷年雄が、この議員全員協議会において飲酒運転を認めたと説明されている。
一方、圓谷年雄は、議員活動を通じて信頼回復に努めること、後援会から議員を継続するよう要請されていること及び刑事裁判の結果を待って進退を判断することを理由として、議員を続けるとの意思を示した。
圓谷年雄は、刑事裁判による判断を待った上で進退を決めるという意思を明確に示していた。
2011年(平成23年)11月28日 第2回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2011年(平成23年)11月28日、須賀川市議会議会運営委員会が開かれた。
議会運営委員会では、同月24日の議員全員協議会における圓谷年雄の言動について、第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を感じることができなかったとの評価が示された。
また、圓谷年雄が自ら飲酒運転を認めている発言があり、このまま議員を続けることは断じて許されないことを本人に理解させるためにも、再度決議すべきであるとの趣旨が示された。
しかし、この時点で第1回公判はまだ開かれておらず、有罪判決も存在していなかった。
議会運営委員会では、12月1日の本会議において、圓谷年雄を除斥した後、提出者による提案理由の説明を行い、質疑及び討論を省略して採決することが整理された。
さらに、可決された場合には、本会議を休憩し、議長室において圓谷年雄に決議された旨を告知した後、本会議を再開する手順も整理された。
したがって、第2回辞職勧告決議は、12月1日の本会議で突然提案されたものではない。
11月24日の本人説明を受けた後、11月28日の議会運営委員会において、再度辞職を求める理由と、本会議における処理手順があらかじめ具体化されていたものである。
2011年12月1日 第2回辞職勧告決議
須賀川市議会は、圓谷年雄議員に対する第2回辞職勧告決議を可決した。
この決議は、圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した7日後に行われた。
当時、圓谷年雄は起訴後であった。
しかし、第1回公判はまだ開かれておらず、有罪判決も言い渡されていなかった。
圓谷年雄は本会議に出席していたが、地方自治法第117条を理由として退場を求められた。
圓谷年雄が退場した後、提案理由の説明が行われた。
提案理由では、圓谷年雄が、議員活動を通じて信頼回復に努めること、後援会から議員を継続するよう要請されていること及び裁判結果を待って進退を判断することを理由として、議員を続けるとしていることが説明された。
その上で、これらの対応について、次の評価が示された。
このことは社会正義に反するばかりか、議会の決定を著しく軽視するものであります。
さらに、次のように述べられた。
そして何より、在職中に飲酒運転をしたことは言語道断であり、そうした人間がそのまま市議会議員を続けるべきではありません。
この提案理由は、第1回公判が開かれておらず、有罪判決も存在しない段階で、圓谷年雄が飲酒運転をしたことを既に確定した事実として扱う内容であった。
質疑、委員会付託及び討論は省略された。
出席議員全員の起立により、決議は可決された。
第1回辞職勧告決議と第2回辞職勧告決議の違い
第1回辞職勧告決議と第2回辞職勧告決議は、いずれも圓谷年雄に議員辞職を求めたものである。
しかし、二つの決議が行われた刑事手続上の時点、圓谷年雄の置かれていた状況及び議会における取扱いは異なる。
第1回辞職勧告決議
第1回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)10月26日に可決された。
当時、圓谷年雄は起訴前の勾留中であり、警察及び検察による捜査と取調べが継続していた。
圓谷年雄は、自らの意思で本会議を欠席したのではない。身柄を拘束されていたため、本会議に出席できない状態に置かれていた。
議事録上、須賀川市議会が、勾留中の圓谷年雄から事前に事情を聴いたこと、弁明の機会を与えたこと又は反論の機会を確保したことを示す記載はない。
質疑、委員会付託及び討論は省略され、出席議員全員の起立によって決議が可決された。
本会議は午前10時に開議され、午前10時4分に休憩に入っている。
したがって、第1回辞職勧告決議に関する議事は、圓谷年雄が起訴前の勾留により出席できず、弁明及び反論の機会も確認できない状況の下で、開議から休憩までの4分間に行われたことになる。
また、この時点では、後に起訴状及び判決書に採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
圓谷年雄の記憶が回復しないまま、捜査情報、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から午後7時40分頃という時刻が具体化されたのは、第1回辞職勧告決議後の2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書においてである。
したがって、第1回辞職勧告決議は、捜査、取調べ及び公訴事実の形成が終了した後に行われたものではない。
圓谷年雄の身柄拘束が続き、記憶のない行動に関する供述及び事件像がなお形成されている途中の段階で、公的機関である須賀川市議会が辞職を求めたものである。
第2回辞職勧告決議
第2回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)12月1日に可決された。
この時点では、圓谷年雄は既に起訴され、保釈されていた。
しかし、第1回公判はまだ開かれておらず、有罪判決も言い渡されていなかった。
圓谷年雄は、同年11月24日の議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示していた。
第2回辞職勧告決議は、その意思表示からわずか7日後に行われた。
第1回決議とは異なり、圓谷年雄は本会議に出席していた。
しかし、地方自治法第117条を理由として退場を求められ、圓谷年雄が議場を退場した後に、提案理由の説明及び採決が行われた。
提案理由では、圓谷年雄が裁判結果を待って進退を判断するとしていることについて、
このことは社会正義に反するばかりか、議会の決定を著しく軽視するものであります。
と評価されている。
さらに、
そして何より、在職中に飲酒運転をしたことは言語道断であり、そうした人間がそのまま市議会議員を続けるべきではありません。
と述べられている。
この表現は、第1回公判が開かれておらず、有罪判決も存在しない段階で、圓谷年雄が飲酒運転をしたことを既に確定した事実として扱う内容である。
質疑、委員会付託及び討論は省略され、出席議員全員の起立により決議が可決された。
したがって、第2回辞職勧告決議では、圓谷年雄が物理的に出席していたとしても、採決時には議場から退場させられ、自らの立場を本会議で述べ、提案理由に反論する機会を持たないまま、辞職勧告が可決されたことになる。
二つの決議に共通する構造
第1回決議では、圓谷年雄は起訴前の勾留によって本会議に出席できなかった。
第2回決議では、本会議に出席していたものの、採決に先立って退場を求められた。
したがって、二つの決議は状況こそ異なるが、いずれも圓谷年雄が本会議において提案理由に対する弁明又は反論を行わない状態で可決されたという共通点を有する。
また、第1回決議は起訴前に、第2回決議は初公判前かつ有罪判決前に行われた。
いずれの時点でも、圓谷年雄の刑事責任は、法律に従って確定していなかった。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、裁判の結果を予断しない義務が、裁判所だけでなく、地方議会を含むすべての公的機関に及ぶことを示している。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議については、国内法上の法的拘束力の有無だけでなく、刑事責任が確定していない段階で、公的機関が圓谷年雄に辞職を求め、飲酒運転をしたことを確定した事実として扱ったことが、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかを検証する必要がある。
また、後に有罪判決が言い渡され、確定したことは、起訴前及び判決前に行われた二つの決議を遡って正当化するものではない。
無罪推定は、後にどのような判決が言い渡されたかではなく、有罪が法律に従って立証されるまでの公的機関の行動を規律する権利だからである。
時系列から見える構造
本件の時系列からまず確認できるのは、後に起訴状及び判決書へ記載された具体的な事件像が、圓谷年雄の一貫した体験記憶によって、逮捕当初から説明されていたわけではないという点である。
2011年(平成23年)10月20日付供述調書には、圓谷年雄が、飲食店で飲酒した後から事故現場で警察官に起こされるまでの記憶を欠いていたことが記載されている。
同調書に記載された午後7時50分頃という事故時刻及び事故場所についても、圓谷年雄が自らの記憶によって特定したのではなく、警察官から聞いて分かった旨が記載されている。
したがって、逮捕直後の段階から、事故時刻及び事故場所は、圓谷年雄の体験記憶ではなく、捜査側から示された情報を前提として供述調書へ記録されていた。
2011年(平成23年)10月21日、圓谷年雄は警察から検察官へ送致された。
検察官送致は、逮捕された被疑者の身柄及び事件を警察から検察官へ引き継ぐ手続上の段階であり、この時点で有罪を立証する証拠又は公訴事実が完成したことを意味するものではない。
実際、本件では、検察官送致後も、運転開始、走行経路、走行距離、運転意思及び事故時刻に関する供述並びに捜査資料が形成されている。
2011年(平成23年)10月22日付供述調書では、圓谷年雄が飲食店を出たこと、市役所駐車場まで歩いたこと、市役所駐車場に駐車していた車両を運転して出発したこと及び事故現場方向へ走行した理由について説明されている。
しかし、これらは、圓谷年雄が実際の行動を思い出して述べたものではない。
携帯電話の発信履歴、車両の駐車場所、普段利用していた運転代行業者、通常の帰宅経路及び日常の行動等を前提として、「思います」「だと思います」という推測表現を用いて説明されている。
したがって、圓谷年雄の記憶に存在しない行動について、逮捕後に確認された情報と圓谷年雄の生活習慣を組み合わせ、推測による供述が形成されていたことになる。
2011年(平成23年)10月24日の実況見分においても、圓谷年雄は、運転を開始した場所及び市役所駐車場から事故現場までの実際の走行経路を覚えていないと説明している。
その状態で、市役所駐車場を出発地点、事故現場を到着地点として、その間の「現時点で通るとする道路」が記録され、その距離が約11.5キロメートルと測定された。
この約11.5キロメートルは、圓谷年雄が事故当日の実際の走行経路を思い出し、体験記憶に基づいて再現した距離ではない。
出発地点及び事故現場の位置関係を前提として、捜査段階で設定された経路の距離である。
実況見分は、午後1時40分から午後2時5分まで行われた。
その約35分後の午後2時40分、須賀川市議会議会運営委員会が開会した。
議会運営委員会では、第1回辞職勧告決議案の文案と、提案理由の説明後、質疑、委員会付託及び討論を省略して表決する手順が整理された。
実況見分と議会運営委員会が同日に行われたことだけから、捜査機関と市議会が連絡又は連動していたと断定することはできない。
しかし、捜査側で、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態のまま、経路及び距離に関する資料が形成された同日に、議会側では、逮捕を前提として辞職を求める決議文案及び採決手順が具体化されていたことは、本件の時間的構造を検証する上で重要である。
翌10月25日付供述調書では、前日に作成された実況見分調書添付の運転経路見取図が圓谷年雄に示されている。
約11.5キロメートルという距離についても、圓谷年雄が実際の走行を思い出して述べたのではなく、警察官から説明を受けて分かった旨が記載されている。
したがって、本件では、圓谷年雄が実際の走行経路を思い出し、その記憶に基づいて実況見分調書が作成されたのではない。
圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で、経路が捜査資料として設定され、その経路図及び距離が圓谷年雄に示された後、設定された経路を前提とする説明が供述調書へ記録されたという順序である。
その翌日の2011年(平成23年)10月26日、須賀川市議会は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続している段階で、第1回辞職勧告決議を全会一致で可決した。
この時点では、後に起訴状及び判決書へ採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
第1回辞職勧告決議は、捜査が終了し、公訴事実が確定した後に行われたものではない。
圓谷年雄の身柄拘束が続き、記憶のない行動に関する推測供述及び捜査資料が形成され、事件像がなお具体化されている途中の段階で行われたものである。
また、圓谷年雄は、自らの意思で本会議を欠席したのではない。
起訴前の勾留により、本会議へ出席できない状態に置かれていた。
議事録上、須賀川市議会が、勾留中の圓谷年雄から事前に事情を聴いたこと、弁明の機会を与えたこと又は反論の機会を確保したことを示す記載はない。
その状態のまま、10月24日の議会運営委員会で整理された手順に従い、質疑、委員会付託及び討論が省略され、開議から休憩までの4分間に、出席議員全員の起立によって決議が可決された。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄は釈放されなかった。
勾留期間が延長され、その後も身柄拘束及び取調べが継続した。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書には、圓谷年雄が、逮捕後に複数の捜査結果を示され、自らも携帯電話の発信履歴及び着信履歴を確認した旨が記載されている。
同調書の冒頭では、従前と同じく、事故時刻は午後7時50分頃とされている。
一方、同調書の後半では、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間が組み合わされている。
その上で、圓谷年雄が午後7時20分過ぎ頃に市役所駐車場を出発し、片側交互通行地点を午後7時30分頃に通過し、そこから約10分で事故現場へ到達したとする時間経過が組み立てられている。
この時間経過を前提として、ガードレールに衝突した時刻が午後7時40分頃と整理された。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
したがって、午後7時40分頃という時刻は、圓谷年雄が記憶を回復し、午後7時50分頃という従前の時刻を自発的に訂正したことによって判明したものではない。
逮捕後に収集又は整理された捜査情報、第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間を組み合わせ、逆算によって具体化された時刻である。
また、警察段階の供述調書では、運転開始、走行経路及び運転目的について、推測表現が繰り返されていた。
これに対し、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書では、実際の運転場面に関する記憶が回復したとの記載がないにもかかわらず、運転代行を待ちきれず、自ら運転して帰ろうと考えたという、運転意思及び内心に関する、より具体的かつ断定的な説明が記載されている。
圓谷年雄の記憶状態が変化したことを示す記載がないまま、捜査情報の提示及び取調べの進行に伴い、供述が、記憶のない行動に関する推測から、より具体的かつ断定的な内容へ変化していたことが確認できる。
2011年(平成23年)11月9日、圓谷年雄は、午後7時40分頃に車両を運転したとの公訴事実により起訴された。
したがって、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書において、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から逆算された午後7時40分頃という時刻が、起訴状の公訴事実として裁判所へ提出されたことになる。
その後、2012年(平成24年)1月16日の判決書も、同じ午後7時40分頃という時刻を「罪となるべき事実」として採用した。
本件の事故時刻は、圓谷年雄の体験記憶が回復したことによって午後7時50分頃から午後7時40分頃へ変更されたのではない。
圓谷年雄が事故時刻を記憶していない状態のまま、捜査情報、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から午後7時40分頃という時刻が逆算され、その時刻が検察官面前供述調書、起訴状及び判決書へ順次引き継がれたのである。
判決書の「証拠の標目」には、圓谷年雄の公判供述及び捜査段階の供述調書のほか、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書並びに検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
判決書からは、第三者5名がそれぞれ何を供述し、各供述調書がどの事実の認定に用いられたのかは明らかではない。
また、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書に記載された午後7時30分頃の走行目撃情報が、これら5名の供述のいずれかに基づくものであるかも、判決書のみからは確認できない。
一方、第三者5名に対する証人尋問及び被告人側による反対尋問が行われていないことは事実である。
したがって、本件では、第三者5名の供述内容が公判廷における証人尋問及び反対尋問によって直接吟味されないまま、その供述調書が有罪認定の証拠として用いられたことになる。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された第三者2名は、当時の須賀川市議会議員であり、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した者である。
よって、これら2名は、刑事手続の外部においては、圓谷年雄の刑事責任が確定する前に辞職を求める決議に賛成し、刑事手続の内部においては、その供述調書が検察側証拠として有罪認定の証拠構造に組み込まれていたことになる。
この事実は、辞職勧告決議と刑事裁判との間に、直接的な因果関係が存在したことを直ちに意味するものではない。
しかし、刑事責任が確定する前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、反対尋問を経ないまま判決の証拠構造に組み込まれていたことは、議会による判決前の公的評価と刑事裁判を、完全に無関係な出来事として切り離すことを困難にする事情である。
2011年(平成23年)11月24日、圓谷年雄は議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
その4日後の11月28日、須賀川市議会議会運営委員会が開かれた。
議会運営委員会では、11月24日の本人説明について、第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を感じることができなかったとの評価が示され、再度辞職勧告決議を行う理由として扱われた。
また、12月1日の本会議における本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知という処理手順が、あらかじめ整理された。
その3日後の同年12月1日、第1回公判前及び有罪判決前の段階で、第2回辞職勧告決議が可決された。
第2回辞職勧告決議では、圓谷年雄が裁判結果を待って進退を判断するとした対応について、「社会正義に反する」との評価が示された。
さらに、圓谷年雄が「飲酒運転をしたこと」を確定した事実として扱い、そのような者が市議会議員を続けるべきではないとの提案理由が述べられた。
以上の経過から、証拠が捏造されたと断定することはできない。
また、現在確認できる資料だけから、逮捕時点に犯罪の嫌疑が存在しなかったと断定することもできない。
しかし、圓谷年雄に実際の運転場面に関する記憶がない状態が継続していたにもかかわらず、警察官から示された事故時刻及び事故場所、携帯電話の発着信履歴、圓谷年雄の生活習慣、通常の帰宅経路、実況見分によって設定された経路、警察官から示された走行距離、運転代行業者に関する情報、第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間を組み合わせることにより、運転経路、走行距離、運転意思及び事故時刻を含む事件像が、逮捕後に段階的に具体化されたことは確認できる。
その過程と並行して、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べが継続した。
また、第1回及び第2回辞職勧告決議はいずれも、本会議において突然提案されたものではなく、それぞれ事前の議会運営委員会において、決議を行う理由及び採決手順が整理されていた。
その上で、起訴前に第1回辞職勧告決議が、初公判前かつ有罪判決前に第2回辞職勧告決議が可決された。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、裁判の結果を予断しない義務が、裁判所だけでなく、地方議会を含むすべての公的機関に及ぶことを示している。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議については、それらが捜査、起訴又は判決へ実際に影響したことの証明とは別に、決議それ自体が自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかを、独立して検証する必要がある。
その上で、公的機関による判決前の評価が存在する状況の下で、圓谷年雄の供述、公訴事実、第三者供述調書、公判廷での認否及び判決がどのように形成され、評価されたのかは、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判、第14条第3項(e)及び日本国憲法第37条第2項が保障する証人審問権並びに日本国憲法第31条が保障する適正手続との関係で、追加的に検証されるべき問題である。
後に有罪判決が言い渡され、確定したことも、起訴前及び判決前に行われた公的機関の行為を遡って正当化するものではない。
無罪推定は、後にどのような判決が言い渡されたかによって適用の有無が決まるものではなく、有罪が法律に従って立証されるまでの公的機関の行動を規律する権利だからである。
報道との関係
本件では、圓谷年雄の逮捕直後から新聞・テレビ等による報道が行われた。
2011年(平成23年)10月20日の新聞報道では、圓谷年雄が飲酒したこと及び事故を起こしたことは認めているものの、飲酒運転については否認している旨が報じられた。
翌21日の新聞報道では、圓谷年雄が容疑を大筋で認め始めた旨が報じられた。
したがって、報道上の評価は、短期間のうちに、飲酒運転を否認しているとの内容から、容疑を大筋で認め始めたとの内容へ変化した。
しかし、2011年(平成23年)10月21日は、圓谷年雄が警察から検察官へ送致された段階にすぎない。
圓谷年雄は、まだ起訴されておらず、刑事裁判も開始されていなかった。
また、この時点でも、圓谷年雄には、飲食店で飲酒した後から事故現場で警察官に起こされるまでの記憶がなかった。
その後も、運転開始、走行経路、走行距離、運転意思及び事故時刻に関する供述並びに捜査資料の形成が続いている。
同月26日、須賀川市議会は、第1回辞職勧告決議を全会一致で可決した。
この時点で、圓谷年雄は起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続していた。
圓谷年雄は、自らの意思で本会議を欠席したのではなく、身柄を拘束されていたため、本会議へ出席できない状態に置かれていた。
また、後に起訴状及び判決書へ採用された午後7時40分頃という事故時刻も、この時点では、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
報道機関による報道と、地方議会による辞職勧告決議は、法的性質の異なる行為である。
報道機関は、公的機関である須賀川市議会と同じ地位にあるものではない。
一方、須賀川市議会による辞職勧告決議は、公的機関が議会として行った正式な意思表示である。
したがって、本件では、新聞報道の内容だけでなく、刑事責任が確定していない段階で、公的機関が圓谷年雄に辞職を求める意思を正式に表明したことが、独立して検証されなければならない。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続した。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書では、圓谷年雄の記憶が回復したとの記載がないまま、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から、午後7時40分頃という事故時刻が逆算された。
その7日後の同月9日、この時刻が起訴状の公訴事実として採用された。
さらに、同年11月24日、圓谷年雄は議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
それにもかかわらず、その7日後の12月1日、第1回公判前及び有罪判決前の段階で、第2回辞職勧告決議が可決された。
第2回辞職勧告決議の提案理由では、圓谷年雄が裁判結果を待って進退を判断するとした対応について、「社会正義に反する」との評価が示された。
さらに、「在職中に飲酒運転をしたことは言語道断」であり、そのような者が市議会議員を続けるべきではないとの断定的な評価が示された。
この提案理由は、第1回公判が開かれておらず、有罪判決も存在しない段階で、圓谷年雄が飲酒運転をしたことを、既に確定した事実として扱う内容であった。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、裁判の結果を予断しない義務が、裁判所だけでなく、地方議会を含むすべての公的機関に及ぶことを示している。
したがって、第1回及び第2回辞職勧告決議については、報道との相互作用又は刑事裁判への具体的影響が証明されるか否かとは別に、公的機関による判決前の公的意思表示それ自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかを検証する必要がある。
辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力がないとされることも、この問題を解消するものではない。
本件で問題となるのは、決議によって圓谷年雄が直ちに議員資格を失ったかどうかではなく、公的機関が刑事責任未確定の段階で、圓谷年雄に辞職を求め、犯罪事実を確定したものとして評価したことである。
また、本件の報道では、圓谷年雄が逮捕されたこと、検察官へ送致されたこと及び須賀川市議会が辞職勧告決議を可決したことが社会に伝えられた。
その一方で、圓谷年雄が有罪判決を受ける前であったこと、起訴前の勾留によって第1回決議の本会議へ出席できなかったこと、供述及び事件像がなお形成途中であったこと並びに公的機関に裁判結果を予断しない義務があることが、同じ重さで社会に共有されたとはいえない。
このように、逮捕、送致及び辞職勧告決議が報道される一方で、無罪推定、供述形成及び弁明機会に関する問題が十分に共有されなければ、圓谷年雄が既に有罪であることを前提とする社会的評価が形成され、拡大する可能性がある。
もっとも、現在確認できる資料だけから、新聞・テレビ等の報道又は辞職勧告決議が、検察官の取調べ、起訴判断又は裁判所の判断に直接影響したと断定することはできない。
しかし、直接的な影響を断定できないことは、公的機関による判決前の有罪視について、自由権規約第14条第2項との適合性を検討しなくてよいことを意味しない。
無罪推定侵害の成否と、報道又は辞職勧告決議が刑事手続へ具体的な影響を及ぼしたかという問題は、区別されなければならない。
前者は、公的機関が判決前に裁判結果を予断する公的意思表示を行ったこと自体について検討されるべき問題である。
後者は、その公的意思表示及び社会的評価が存在する状況の下で、供述、公訴事実、公判廷での認否及び判決がどのように形成されたのかという、公正な刑事裁判に関する追加的な検証問題である。
したがって、本件では、報道、市議会による公的意思表示、身柄拘束、取調べ、供述形成及び刑事裁判を、当然に相互無関係な出来事として切り離すのではなく、それぞれの法的性質を区別しながら、同一の時間的経過の中で検証する必要がある。
この時系列から生じる疑問
1 起訴前の勾留中に、辞職勧告決議を行う必要があったのか
第1回辞職勧告決議が可決された2011年(平成23年)10月26日の時点で、圓谷年雄はまだ起訴されていなかった。
刑事裁判も始まっておらず、刑事責任に関する司法判断は何ら示されていなかった。
また、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続しており、運転経路、運転意思及び事故時刻を含む事件像も、なお形成途中にあった。
この段階で、公的機関である須賀川市議会が、刑事裁判による判断を待たず、圓谷年雄に対して辞職を求める必要があったのか。
刑事責任未確定の段階で辞職を求めることについて、須賀川市議会は、無罪推定との関係をどのように検討したのか。
2 起訴前の勾留により本会議へ出席できない状態で、決議を行うことは許されるのか
第1回辞職勧告決議の時点で、圓谷年雄は自らの意思で本会議を欠席したのではない。
起訴前の勾留により、本会議へ出席できない状態に置かれていた。
議事録上、須賀川市議会が、勾留中の圓谷年雄から事前に事情を聴いたこと、弁明の機会を与えたこと又は反論の機会を確保したことを示す記載はない。
その状態のまま、質疑、委員会付託及び討論が省略され、出席議員全員の起立によって決議が可決された。
議事録上、本会議は午前10時に開議され、午前10時4分に休憩に入っている。
圓谷年雄の政治的地位、名誉及び社会的評価に重大な影響を与え得る決議を、圓谷年雄が勾留により出席できず、弁明及び反論の機会も確認できない状態で行うことは、適正手続の観点から許されるのか。
3 第1回辞職勧告決議は、供述及び事件像の形成過程のどの段階で行われたのか
第1回辞職勧告決議は、捜査及び取調べが終了した後に行われたものではない。
その時点で、圓谷年雄はまだ起訴されておらず、その後も勾留期間が延長され、身柄拘束及び取調べが継続した。
2011年(平成23年)10月24日の実況見分では、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で、市役所駐車場から事故現場までの経路が設定され、その距離が約11.5キロメートルと測定された。
翌25日、圓谷年雄には、その経路図及び距離が示された。
第1回辞職勧告決議は、その翌日に行われた。
また、後に起訴状及び判決書で採用された午後7時40分頃という事故時刻は、この時点では、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
この時系列に照らし、第1回辞職勧告決議は、捜査及び供述形成が終了した後の出来事ではなく、圓谷年雄の記憶にない行動について、捜査資料及び推測による説明が形成されている途中で行われたものではないか。
4 午後7時40分頃という事故時刻は、どのような根拠によって形成されたのか
逮捕当初の捜査資料、実況見分調書及び警察段階の供述調書では、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
しかし、この午後7時50分頃という時刻も、圓谷年雄が事故時刻を思い出して述べたものではない。
2011年(平成23年)10月20日付供述調書には、事故時刻及び事故場所について、警察官から聞いて分かった旨が記載されている。
その後、同年11月2日付検察官面前供述調書では、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間が組み合わされた。
その時間経過から、事故時刻が午後7時40分頃と逆算された。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
したがって、午後7時40分頃という時刻は、圓谷年雄が記憶を回復し、自らの体験記憶に基づいて午後7時50分頃を訂正したものではない。
第三者による走行目撃情報及び推定所要時間は、どの資料に基づき、どの程度の正確性を有していたのか。
各地点間の所要時間を約10分とする根拠は何であったのか。
そのように逆算された午後7時40分頃という時刻を、起訴状及び判決書における犯罪事実の時刻として採用するだけの客観的根拠が存在したのか。
5 記憶が回復していないまま、運転意思に関する説明が断定的になったのはなぜか
警察段階の供述調書では、圓谷年雄が記憶していない行動について、「思います」「だと思います」という推測表現が繰り返されていた。
これに対し、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書では、運転代行を待ちきれず、自ら運転して帰ろうと考えたという、運転意思及び内心に関する、より具体的かつ断定的な説明が記載されている。
しかし、圓谷年雄が実際の運転場面を思い出したこと又は記憶状態が変化したことを示す記載はない。
体験記憶が回復していないにもかかわらず、運転意思及び内心に関する説明が、推測的な内容から断定的な内容へ変化したのはなぜか。
その変化は、圓谷年雄自身の記憶によるものなのか、それとも、取調べの過程で示された捜査情報を組み合わせて形成されたものなのか。
6 裁判結果を待って進退を判断するという対応を否定的に評価することは、無罪推定と整合するのか
2011年(平成23年)11月24日、圓谷年雄は議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
この時点では、第1回公判はまだ開かれておらず、有罪判決も言い渡されていなかった。
刑事責任は、本来、刑事裁判において証拠に基づいて判断されるべきものである。
その判断を待って自らの進退を決めるという対応は、無罪推定及び司法手続を尊重する立場からすれば、不合理なものとはいえない。
それにもかかわらず、その7日後の第2回辞職勧告決議では、圓谷年雄が裁判結果を待つとしたことを含む対応について、「社会正義に反する」と評価された。
刑事裁判の結果を待つという対応を、判決前に公的機関が否定的に評価することは、無罪推定の原則と整合するのか。
7 須賀川市議会は、刑事裁判による判断を先取りしたのではないか
第2回辞職勧告決議の提案理由では、第1回公判前であり、有罪判決も存在しない段階で、次のように述べられた。
在職中に飲酒運転をしたことは言語道断であり、そうした人間がそのまま市議会議員を続けるべきではありません。
この表現は、圓谷年雄が飲酒運転をしたことを、疑い又は起訴された事実としてではなく、既に確定した事実として扱うものである。
刑事責任の有無は、裁判所が適法に取り調べられた証拠に基づいて判断すべき事項である。
刑事責任を判断する権限を有しない地方議会が、初公判前に犯罪事実を断定し、その断定を理由として辞職を求めることは、刑事裁判による判断を先取りするものではないか。
また、辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力がないとされることによって、判決前に犯罪事実を断定したという問題まで解消されるのか。
8 第三者5名の供述調書を、証人尋問及び反対尋問を行わずに有罪認定へ用いたことを、どのように評価すべきか
判決書の「証拠の標目」には、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書及び検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
しかし、第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
したがって、第三者5名の供述内容は、公判廷において供述者本人から直接示され、その正確性、記憶、認識、供述経過及び信用性について反対尋問による吟味を受けたものではない。
それにもかかわらず、これらの供述調書は、有罪認定の証拠構造に組み込まれている。
さらに、検察官に対する供述調書を作成された第三者2名は、当時の須賀川市議会議員であり、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した者である。
この2名は、刑事手続の外部では、刑事責任確定前に圓谷年雄へ辞職を求める決議に賛成し、刑事手続の内部では、その供述調書が検察側証拠として用いられたことになる。
このような立場にあった供述者について、証人尋問及び反対尋問を行わず、その供述調書を有罪認定へ用いたことは、日本国憲法第37条第2項及び自由権規約第14条第3項(e)が保障する証人審問権との関係で、どのように説明されるのか。
9 自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に照らし、二つの辞職勧告決議はどのように説明されるのか
日本は、自由権規約(ICCPR)を批准している。
自由権規約第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、すべての公的機関に対し、裁判の結果を予断しない義務があることを示している。
須賀川市議会は、公的機関である。
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、刑事責任に関する司法判断が何ら示されていない段階で行われた。
第2回辞職勧告決議は、第1回公判前かつ有罪判決前に行われ、その提案理由では、圓谷年雄が飲酒運転をしたことが確定した事実として扱われた。
この問題は、辞職勧告決議が捜査、起訴又は判決へ具体的な影響を与えたことが証明されるか否かだけによって決まるものではない。
公的機関が刑事責任未確定の段階で犯罪事実を断定し、その断定に基づいて圓谷年雄へ辞職を求めた行為それ自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたのかが、独立して問われなければならない。
また、後に有罪判決が言い渡され、確定したことによって、起訴前及び判決前に行われた公的機関の行為が遡って適法化されるのか。
無罪推定が、有罪が法律に従って立証されるまでの公的機関の行動を規律する権利であるならば、須賀川市議会による二つの辞職勧告決議は、自由権規約上どのように説明されるのか。
関連法規・条約・国際法上の基準
国内法
日本国憲法第31条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないことを定めている。
本件では、刑事責任が確定していない圓谷年雄について、起訴前の勾留により本会議へ出席できない状態で第1回辞職勧告決議が行われたこと、事前の事情聴取並びに弁明及び反論の機会が確認できないことが、適正手続の趣旨との関係で問題となる。
また、第2回辞職勧告決議においても、圓谷年雄が議場から退場した後に提案理由の説明及び採決が行われたことが、手続の公正との関係で検討されなければならない。
日本国憲法第32条
何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われないことを定めている。
圓谷年雄は、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示していた。
それにもかかわらず、刑事裁判の判断を待つという対応自体を公的機関が「社会正義に反する」と評価したことが、裁判による判断を受ける権利を尊重する姿勢と整合するのかが問題となる。
日本国憲法第37条第1項
すべての刑事事件において、被告人が公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障している。
本件では、起訴前及び初公判前に、地方議会が圓谷年雄に辞職を求め、第2回辞職勧告決議では、飲酒運転をしたことを確定した事実として扱う評価を示した。
このような判決前の公的評価が存在する状況の下で、供述、公訴事実、証拠構造、公判廷での認否及び判決がどのように形成されたのかを、公平な刑事裁判の保障との関係で検証する必要がある。
ただし、公的評価が存在したことと、裁判所の判断へ実際に影響したこととは区別されなければならない。
日本国憲法第37条第2項
刑事被告人に対し、すべての証人を審問する十分な機会を保障している。
本件判決書の「証拠の標目」には、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書及び検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
しかし、第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
したがって、これらの供述調書がどのような法的根拠によって証拠として採用され、その供述内容の正確性及び信用性を争う機会がどのように保障されたのかが問題となる。
日本国憲法第76条第3項
すべての裁判官が、その良心に従い独立して職権を行い、憲法及び法律のみに拘束されることを定めている。
刑事責任を判断する権限を有しない地方議会が、初公判前に犯罪事実を確定したものとして評価したことは、裁判所による判断を先取りする公的意思表示であったのではないかという問題を生じさせる。
もっとも、この公的意思表示が裁判官の判断へ実際に影響したと断定するためには、別途、その影響を示す根拠が必要である。
日本国憲法第98条第2項
日本国が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを定めている。
日本が批准した自由権規約(ICCPR)第14条の保障は、国内法上の制度又は地方議会の内部的取扱いだけによって、その内容を縮減できるものではない。
須賀川市議会による辞職勧告決議についても、国内法上の法的拘束力の有無とは別に、自由権規約上の無罪推定及び公正な裁判の保障との適合性を検討する必要がある。
日本国憲法第99条
国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員に対し、憲法を尊重し擁護する義務を課している。
地方議会議員も公務員として、この義務を負う。
刑事責任未確定の段階で犯罪事実を確定したものとして扱い、辞職を求めたことが、無罪推定、適正手続及び裁判を受ける権利を尊重し擁護する義務と整合していたのかが問題となる。
地方自治法第117条
地方議会の議長及び議員は、自己の一身上に関する事件等について、その議事に参与することができないと定めている。
一方、同条ただし書は、議会の同意があるときは、会議に出席し、発言することができるとしている。
第2回辞職勧告決議では、圓谷年雄は地方自治法第117条を理由として退場を求められた。
したがって、圓谷年雄を採決へ参与させないことと、提案理由に対する弁明又は反論の機会まで与えないことが同一であるのか、同条ただし書による出席及び発言の機会が検討されたのかが問題となる。
刑事訴訟法第317条
事実の認定は、証拠によることを定めている。
本件では、圓谷年雄の体験記憶が回復しないまま、捜査情報、圓谷年雄の推測、実況見分で設定された経路、携帯電話の発着信履歴、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間から、運転経路、運転意思及び事故時刻を含む事件像が段階的に具体化された。
これらの各情報が、どの事実をどの程度証明するものであったのかを区別して検討する必要がある。
刑事訴訟法第320条第1項
公判期日における供述に代えて、書面を証拠とすることは原則としてできないという、伝聞証拠排除の原則を定めている。
第三者5名の供述調書が証拠として用いられた本件では、供述者本人が公判廷で供述せず、反対尋問も行われなかった以上、それぞれの供述調書が、どの規定及び要件に基づいて証拠能力を認められたのかが問題となる。
刑事訴訟法第321条
公判廷外で作成された供述書又は供述を録取した書面について、一定の要件の下で証拠とすることができる場合を定めている。
第三者5名の供述調書について、この規定のどの要件が適用されたのかは、判決書の「証拠の標目」だけからは明らかではない。
したがって、証人尋問及び反対尋問が行われなかったという事実だけから、直ちに供述調書の証拠能力が否定されると断定することはできない。
一方で、供述者本人を尋問する機会がなかったことと、その供述調書がどのような根拠で採用されたのかは、区別して検証する必要がある。
刑事訴訟法第326条
検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は物について、裁判所が相当と認めるときは証拠とすることができると定めている。
本件の第三者5名の供述調書について、圓谷年雄側が証拠とすることに同意したのか、他の規定によって採用されたのかは、判決書のみからは確認できない。
仮に同意が存在した場合であっても、形式的な証拠同意の有無と、供述者本人に対する実質的な反対尋問の機会が存在したかという問題は、同一ではない。
刑事訴訟法第336条
被告事件について犯罪の証明がないときは、無罪の言渡しをしなければならないと定めている。
この規定は、被告人が無罪を証明するのではなく、検察官が犯罪事実を証拠によって証明しなければならないという刑事裁判の基本構造と関係する。
圓谷年雄に記憶のない行動について、推測、捜査情報、第三者供述及び推定所要時間から形成された事件像が、犯罪事実を認定するために十分な証明であったのかが問題となる。
国際人権条約 自由権規約(ICCPR)
自由権規約第14条第1項
刑事上の罪の決定について、法律で設置された、権限のある、独立した、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を保障している。
本件では、地方議会による判決前の公的評価が存在する状況の下で、供述、公訴事実、証拠の採否、公判廷での認否及び判決がどのように形成されたのかを検証する必要がある。
辞職勧告決議が刑事裁判へ実際に影響したことが証明されるか否かは、この公正な裁判の保障との関係で検討される追加的な問題である。
自由権規約第14条第2項
刑事上の罪に問われているすべての者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、刑事責任に関する司法判断が何ら示されていない段階で行われた。
第2回辞職勧告決議は、第1回公判前かつ有罪判決前に行われ、その提案理由では、圓谷年雄が飲酒運転をしたことが確定した事実として扱われた。
したがって、二つの決議が刑事裁判へ具体的な影響を及ぼしたことの証明とは別に、決議及び提案理由そのものが無罪推定に適合していたかが独立して問われる。
自由権規約第14条第3項(e)
刑事被告人に対し、自己に不利益な証人を尋問し、又は尋問させる権利並びに自己に有利な証人の出席及び尋問を、自己に不利益な証人と同じ条件で求める権利を保障している。
本件では、第三者5名の供述調書が判決書の「証拠の標目」に掲げられている一方、第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
これらの供述調書が有罪認定の証拠構造に組み込まれたことについて、不利益証人を尋問する権利がどのように保障されたのかが問題となる。
自由権規約委員会一般的意見32号25項
公正な裁判には、いかなる側からの、いかなる理由によるものであっても、直接又は間接の影響、圧力、威嚇又は介入が存在しないことが必要であると示している。
本件では、須賀川市議会による辞職勧告決議が、捜査、起訴又は判決へ現実に影響したと直ちに断定することはできない。
しかし、起訴前及び初公判前に公的機関による有罪を前提とする評価が存在したという事実を踏まえ、刑事手続が直接又は間接の影響を受けずに行われたかを検証するための基準となる。
自由権規約委員会一般的意見32号30項
すべての公的機関は、刑事裁判の結果を予断することを避けなければならず、被告人の有罪を確認する公的発言を控えなければならないと示している。
また、報道機関についても、無罪推定を損なう報道を避けるべきであるとしている。
須賀川市議会は、この基準の対象となる公的機関である。
第2回辞職勧告決議の提案理由が、初公判前に圓谷年雄の飲酒運転を確定した事実として扱ったことは、この基準との関係で検証されなければならない。
国内法上、辞職勧告決議に法的拘束力がないとされることは、公的機関による判決前の有罪視が許されることを意味しない。
自由権規約委員会一般的意見32号39項
自由権規約第14条第3項(e)が、不利益証人を尋問し又は尋問させる権利を保障し、被告人及び弁護人に対し、検察側と同様に証人を尋問又は反対尋問する法的権限を保障するものであることを示している。
この保障は無制限ではないが、被告人には、手続のいずれかの段階において、自己に不利益な証人を尋問し、その供述に異議を述べる適切な機会が与えられなければならない。
本件では、第三者5名の供述調書が用いられた一方、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問は行われていない。
したがって、圓谷年雄に第三者供述の正確性及び信用性を争う適切な機会が保障されていたのかが問題となる。
条約の履行及び解釈に関する基準
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第26条
効力を有する条約は締約国を拘束し、誠実に履行されなければならないことを定めている。
日本は自由権規約を批准している以上、国、地方公共団体、裁判所及び地方議会を含む公的機関の行為について、同規約上の義務を誠実に履行する必要がある。
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第27条
締約国は、条約を履行しないことを正当化するために、国内法の規定を援用することができないと定めている。
したがって、辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力がないこと、地方議会の内部的又は政治的な意思表示であること、又は国内法上明確な是正手続が定められていないことだけを理由として、自由権規約第14条第2項との適合性を検討しなくてよいことにはならない。
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第31条
条約は、文脈並びに条約の趣旨及び目的に照らし、用語の通常の意味に従って、誠実に解釈されなければならないことを定めている。
自由権規約第14条第2項の保障を、裁判所による有罪判決の言渡しだけを規律するものとして狭く解釈することはできない。
一般的意見32号30項が示すとおり、無罪推定は、裁判所だけでなく、すべての公的機関に対し、裁判結果を予断しないことを求める保障として解釈されなければならない。
したがって、須賀川市議会による二つの辞職勧告決議については、国内法上の形式又は法的拘束力だけでなく、無罪推定によって刑事責任未確定の者を保護するという自由権規約の趣旨及び目的に照らして検証する必要がある。
※各規定の詳しい解釈、本件への適用及び相互関係については、「法的主張と違憲違法構造の整理」で検討する。
本件との関係
第1回及び第2回辞職勧告決議は、それぞれを単独の出来事として見るだけでは、本件における意味を十分に把握することができない。
本件では、圓谷年雄が実際の運転場面を記憶していない状態のまま、逮捕後に示された情報、圓谷年雄の推測、実況見分で設定された経路、携帯電話の発着信履歴、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間を組み合わせることにより、運転経路、走行距離、運転意思及び事故時刻を含む事件像が段階的に具体化された。
2011年(平成23年)10月24日の実況見分では、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態で、市役所駐車場から事故現場までの経路が設定され、その距離が約11.5キロメートルと測定された。
実況見分は、午後1時40分から午後2時5分まで行われた。
その約35分後の午後2時40分、須賀川市議会議会運営委員会が開会した。
議会運営委員会では、圓谷年雄が道路交通法違反の疑いで逮捕されたことを前提として辞職を求める決議文案と、本会議において質疑、委員会付託及び討論を省略して表決する手順が整理された。
実況見分と議会運営委員会が同日に行われたことだけから、捜査機関と市議会が連絡又は連動していたと断定することはできない。
しかし、捜査側で、圓谷年雄が実際の走行経路を記憶していない状態のまま、経路及び距離に関する資料が形成された同日に、議会側では、逮捕を前提とする辞職勧告決議の文案及び採決手順が具体化されていたことは、本件の時間的関係を検証する上で重要である。
翌10月25日、圓谷年雄には、その経路図及び約11.5キロメートルという距離が示された。
その翌日の10月26日、須賀川市議会は、第1回辞職勧告決議を全会一致で可決した。
当時、圓谷年雄は起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続していた。
圓谷年雄は、自らの意思で本会議を欠席したのではない。
起訴前の勾留により、本会議へ出席できない状態に置かれていた。
議事録上、須賀川市議会が、勾留中の圓谷年雄から事前に事情を聴いたこと、弁明の機会を与えたこと又は反論の機会を確保したことを示す記載はない。
その状態のまま、10月24日の議会運営委員会で整理された手順に従い、質疑、委員会付託及び討論が省略され、開議から休憩までの4分間に、出席議員全員の起立によって決議が可決された。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄は釈放されなかった。
勾留期間が延長され、身柄拘束及び取調べが継続した。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書では、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間が組み合わされた。
その時間経過を前提として、事故時刻が午後7時40分頃と整理された。
しかし、圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
したがって、午後7時40分頃という時刻は、圓谷年雄が記憶を回復し、従前の午後7時50分頃という時刻を自発的に訂正したことによって判明したものではない。
逮捕後に収集又は整理された捜査情報、第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間を組み合わせ、逆算によって具体化された時刻である。
その7日後の2011年(平成23年)11月9日、この午後7時40分頃という時刻が起訴状の公訴事実として採用された。
さらに、2012年(平成24年)1月16日の判決書も、同じ午後7時40分頃という時刻を「罪となるべき事実」として採用した。
この経過から確認できるのは、第1回辞職勧告決議が、捜査及び供述形成が終了し、公訴事実が確定した後に行われたものではないということである。
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べが継続し、記憶のない行動について、捜査資料及び推測を組み合わせながら事件像が具体化されている途中で行われた。
もっとも、この時間的関係だけから、第1回辞職勧告決議が、その後の取調べ、供述形成又は起訴判断へ直接影響したと断定することはできない。
しかし、具体的な影響を断定できないことと、起訴前の勾留中に公的機関が圓谷年雄へ辞職を求めた行為それ自体の適法性及び人権上の問題は、区別されなければならない。
自由権規約(ICCPR)第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、すべての公的機関に対し、刑事裁判の結果を予断することを避ける義務があることを示している。
須賀川市議会は、この義務の対象となる公的機関である。
したがって、第1回辞職勧告決議については、それが捜査又は起訴へ具体的な影響を及ぼしたことの証明とは別に、刑事責任に関する司法判断が何ら示されていない起訴前の段階で、勾留により出席できない圓谷年雄へ辞職を求めたことが、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかが、独立して問われる。
第2回辞職勧告決議は、2011年(平成23年)12月1日に可決された。
その7日前の11月24日、圓谷年雄は、議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示していた。
刑事責任は、本来、刑事裁判において証拠に基づいて判断されるべきものである。
圓谷年雄が刑事裁判の結果を待って進退を判断するとしたことは、無罪推定及び司法手続を尊重する立場から見れば、不合理な対応とはいえない。
その4日後の11月28日、須賀川市議会議会運営委員会が開かれた。
議会運営委員会では、11月24日の圓谷年雄の言動について、第1回辞職勧告決議に応じる姿勢を感じることができなかったとの評価が示された。
また、圓谷年雄が自ら飲酒運転を認めている発言があり、このまま議員を続けることは断じて許されないことを本人に理解させるためにも、再度決議すべきであるとの趣旨が示された。
その上で、12月1日の本会議における本人除斥、提案理由説明、質疑及び討論の省略、採決並びに可決後の告知という処理手順が、あらかじめ整理された。
したがって、第2回辞職勧告決議は、11月24日の本人説明を踏まえ、再度辞職を求める理由と採決手順が11月28日の議会運営委員会で具体化された上で行われたものである。
それにもかかわらず、第2回辞職勧告決議の提案理由では、圓谷年雄が裁判結果を待つとしたことを含む対応について、「社会正義に反する」と評価された。
さらに、第1回公判が開かれておらず、有罪判決も存在しない段階で、圓谷年雄が「在職中に飲酒運転をしたこと」が確定した事実として扱われた。
第2回辞職勧告決議は、刑事裁判による判断を待つという圓谷年雄の対応を否定的に評価し、裁判所が判断する前に犯罪事実を確定したものとして辞職を求めたものである。
したがって、第2回辞職勧告決議についても、それが刑事裁判へ具体的な影響を及ぼしたことの証明とは別に、決議及び提案理由それ自体が、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかが問われる。
辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力がないとされることは、この問題を解消するものではない。
本件で問題としているのは、辞職勧告決議によって圓谷年雄が直ちに議員資格を失ったかどうかではない。
公的機関である須賀川市議会が、刑事責任未確定の段階で、圓谷年雄に辞職を求め、犯罪事実を確定したものとして公的に評価したことである。
自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項が規律するのは、公的機関の行為に国内法上の強制力がある場合だけではない。
公的機関が、刑事裁判の結果を予断し、刑事責任未確定の者を有罪であるかのように扱うこと自体が問題となる。
また、本件判決書の「証拠の標目」には、圓谷年雄の公判供述及び捜査段階の供述調書のほか、司法警察員に対する第三者3名の各供述調書並びに検察官に対する第三者2名の各供述調書が掲げられている。
第三者5名に対する証人尋問及び圓谷年雄側による反対尋問は行われていない。
したがって、これらの第三者供述は、公判廷において供述者本人から直接示され、その正確性、記憶、認識、供述経過及び信用性について、反対尋問による吟味を受けたものではない。
このうち、検察官に対する供述調書を作成された第三者2名は、当時の須賀川市議会議員であり、第1回及び第2回辞職勧告決議に賛成した者である。
この2名は、刑事手続の外部では、圓谷年雄の刑事責任が確定する前に辞職を求める決議に賛成し、刑事手続の内部では、その供述調書が検察側証拠として判決書の「証拠の標目」に掲げられたことになる。
この事実だけから、辞職勧告決議と刑事裁判との間に直接的な因果関係があったと断定することはできない。
しかし、刑事責任確定前に辞職を求めた公的機関の構成員による供述調書が、同じ刑事事件の検察側証拠となり、供述者本人に対する証人尋問及び反対尋問が行われないまま、判決書の証拠構造に組み込まれていたことは、議会による判決前の公的評価と刑事裁判を、当然に完全無関係な出来事として切り離すことを困難にする事情である。
この点については、日本国憲法第37条第2項及び自由権規約第14条第3項(e)が保障する不利益証人を尋問する権利との関係で、圓谷年雄に第三者供述の正確性及び信用性を争う適切な機会が保障されていたのかを検証する必要がある。
さらに、無罪推定との適合性が問題となる公的判断に参加した者の供述が、同じ刑事事件の有罪認定に用いられ、その関与、立場及び供述の信用性を反対尋問によって検証しないまま刑罰を科した手続が、日本国憲法第31条の適正手続に適合するのかも問われる。
また、公的機関による判決前の評価が存在する状況の下で、供述、公訴事実、証拠の採否、公判廷での認否及び判決がどのように形成されたのかは、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判との関係でも検証されなければならない。
ここでも、二つの問題を区別する必要がある。
第一は、第1回及び第2回辞職勧告決議並びにその提案理由それ自体が、無罪推定を保障する自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項に適合していたかという問題である。
第二は、公的機関による判決前の評価が存在する状況が、圓谷年雄の供述、公訴事実、証拠構造、公判廷での認否及び判決に、具体的な影響を及ぼしたかという、公正な裁判、適正手続及び証人審問権に関する追加的な問題である。
第一の問題は、第二の問題について具体的な影響が証明されなければ成立しないものではない。
公的機関による判決前の裁判結果の予断が存在したかどうかは、その行為自体を対象として判断されるべき問題である。
また、2012年(平成24年)1月16日に有罪判決が言い渡され、同月31日に確定したことも、それ以前に行われた公的機関の行為を遡って正当化するものではない。
無罪推定は、有罪判決が後に言い渡されたかどうかによって、その適用の有無が決まる権利ではない。
有罪が法律に従って立証されるまで、公的機関が刑事上の罪に問われている者をどのように扱うべきかを規律する権利である。
したがって、後に有罪判決が確定したことを理由として、起訴前の第1回辞職勧告決議及び初公判前の第2回辞職勧告決議に関する検証を不要とすることはできない。
本件で問われるのは、単に二つの辞職勧告決議に国内法上の法的拘束力があったかどうかではない。
圓谷年雄の体験記憶が回復しないまま事件像が形成され、身柄拘束及び取調べが継続していた過程で、第1回辞職勧告決議の文案及び採決手順が具体化され、その後、第1回辞職勧告決議が可決された。
さらに、初公判前に、第2回辞職勧告決議の理由及び採決手順が具体化され、第2回辞職勧告決議が可決された。
この一連の経過が、無罪推定、適正手続、公正な裁判及び証人審問権の保障と整合していたかが問われている。
日本国憲法第98条第2項は、日本が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを求めている。
また、条約法に関するウィーン条約(VCLT)第27条は、国内法を理由として条約の不履行を正当化することを認めていない。
したがって、本件について、辞職勧告決議が法的拘束力を持たない政治的又は道義的な意思表示であるとの国内法上の説明だけをもって、自由権規約第14条との適合性を検討しないことは許されない。
本件一連の経過は、刑事責任未確定の段階における公的機関の行為、記憶のない状態での供述及び事件像の形成、二度の議会運営委員会における決議理由及び採決手順の事前整理、第三者供述調書の使用、反対尋問の不存在並びにその後の刑事裁判を、相互に無関係な出来事として切り離すのではなく、同一の時間的及び制度的経過の中で統合的に検証する必要があることを示している。
関連資料
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須賀川市議会議会運営委員会会議録―判決確定後・辞職前の第4回辞職勧告決議に向けた内部協議
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須賀川市議会提出文書―辞職勧告決議の検証と是正を求めた陳情書
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2026年(令和8年)
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関連する時系列:
2011年(平成23年)10月18日 本件事故が発生したとされた。
2011年(平成23年)10月19日 圓谷年雄が警察署に任意出頭した後、逮捕状に基づいて通常逮捕され勾留開始。現行犯逮捕ではなかった。
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2011年(平成23年)10月26日 第1回辞職勧告決議
2011年(平成23年)11月9日 起訴され、その後保釈された。
2011年(平成23年)11月28日 第2回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2011年(平成23年)12月1日 第2回辞職勧告決議
2012年(平成24年)1月16日 有罪判決
2012年(平成24年)1月31日 判決確定
2012年(平成24年)2月7日 第3回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2012年(平成24年)2月9日 第3回辞職勧告決議
2012年(平成24年)2月27日 第4回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2012年(平成24年)3月1日 第4回辞職勧告決議
