2026年7月18日 更新
資料の概要
資料名:
平成23年検第300814号 起訴状
作成日:
2011年(平成23年)11月9日
作成主体:
福島地方検察庁郡山支部
宛先:
福島地方裁判所郡山支部
事件名:
道路交通法違反被告事件
被告人の職業:
市議会議員
被告人の身柄状況:
勾留中 須賀川警察署留置施設
資料の種類:
起訴状
掲載形式:
個人情報等を必要な範囲で非公開処理したPDF
原文PDF:
この資料で確認できる事実
本資料は、福島地方検察庁郡山支部が、2011年(平成23年)11月9日付で福島地方裁判所郡山支部に提出した起訴状である。
→判決についての詳細は「福島地方裁判所郡山支部判決書―有罪判決の理由と本件で検証すべき論点」を参照。
事件番号は、平成23年検第300814号である。
起訴状には、被告人の職業として、市議会議員と記載されている。
また、被告人の身柄状況として、勾留中、須賀川警察署留置施設と記載されている。
公訴事実では、被告人が、酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、2011年(平成23年)10月18日午後7時40分頃、福島県須賀川市内の道路において、普通乗用自動車を運転したものとされている。
罪名及び罰条は、道路交通法違反、同法第117条の2第1号、第65条第1項とされている。
本資料の末尾には、2011年(平成23年)11月9日付で、福島地方検察庁郡山支部の検察事務官による謄本である旨の記載がある。
したがって、本資料からは、2011年(平成23年)11月9日の起訴時点において、公訴事実として、事故又は運転の時刻が午後7時40分頃とされていたことが確認できる。
重要な記載
本起訴状は、圓谷年雄が、2011年(平成23年)10月18日午後7時40分頃、酒に酔った状態で普通乗用自動車を運転したとの公訴事実を記載している。
しかし、逮捕当日及び警察段階の供述調書では、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
2011年(平成23年)10月20日付供述調書には、事故時刻及び事故場所について、圓谷年雄が自らの記憶によって特定したのではなく、警察官から聞いて分かった旨が記載されている。
したがって、午後7時50分頃という当初の時刻も、圓谷年雄が事故時刻を思い出して供述したものではない。
その後、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書が作成された。
同調書の冒頭では、従前と同じく、事故時刻は午後7時50分頃とされている。
一方、同調書の後半では、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間が組み合わされている。
その上で、午後7時20分過ぎ頃に市役所駐車場を出発し、約10分で片側交互通行地点を通過し、さらに約10分で事故現場へ到達したとすれば、ガードレールに衝突した時刻は午後7時40分頃であると整理されている。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
午後7時40分頃という時刻は、逮捕後に圓谷年雄へ示された捜査情報と、各地点間の推定所要時間を組み合わせ、逆算によって具体化されたものである。
その7日後の2011年(平成23年)11月9日、本起訴状は、この午後7時40分頃という時刻を公訴事実として採用した。
したがって、本起訴状に記載された午後7時40分頃という時刻は、圓谷年雄の体験記憶から直接得られた時刻ではない。
逮捕後に収集又は整理された捜査情報、第三者による走行目撃情報及び推定所要時間を組み合わせることによって形成され、検察官面前供述調書を経て公訴事実に取り込まれた時刻である。
また、本起訴状が作成される前の2011年(平成23年)10月26日、須賀川市議会は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、取調べ及び捜査が継続している段階で、第1回辞職勧告決議を全会一致で可決していた。
この時点では、後に本起訴状へ採用された午後7時40分頃という事故時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
したがって、本件では、公訴事実がなお具体化される途中の段階で、公的機関である地方議会が圓谷年雄に辞職を求める公的意思表示を行い、その後も勾留、取調べ、供述の変化及び公訴事実の形成が継続したことになる。
本起訴状は、当初の午後7時50分頃という時刻を午後7時40分頃へ変更した理由、午後7時50分頃という時刻を維持しなかった根拠及び午後7時40分頃という変更後の時刻の確実性を示していない。
刑事手続上の位置付け
起訴状は、検察官が裁判所に対して公訴を提起し、刑事裁判における審判の対象となる公訴事実を特定する文書である。
本起訴状は、2011年(平成23年)11月9日、圓谷年雄が逮捕及び検察官送致後も勾留され、勾留期間の延長を経た後に作成された。
本件では、2011年(平成23年)10月19日の逮捕後、同月20日付供述調書において、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
同月21日に検察官へ送致された後も、取調べ及び捜査は継続した。
同月22日付供述調書では、圓谷年雄が実際の運転開始及び走行経路を記憶していない状態で、携帯電話の発信履歴、車両の駐車場所、通常の帰宅経路及び普段利用していた運転代行業者の経路等を前提として、記憶のない行動が推測によって説明された。
同月24日の実況見分では、圓谷年雄が運転を開始した場所及び実際の走行経路を覚えていないと説明している状態で、市役所駐車場から事故現場までの「現時点で通るとする道路」が記録された。
翌25日付供述調書では、その実況見分で作成された運転経路見取図が圓谷年雄に示され、約11.5キロメートルという距離についても、警察官から説明を受けて分かった旨が記載された。
その翌日の2011年(平成23年)10月26日、須賀川市議会は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、取調べ及び事件像の具体化が継続している段階で、第1回辞職勧告決議を全会一致で可決した。
この時点では、後に本起訴状へ採用された午後7時40分頃という時刻は、まだ圓谷年雄の供述調書に現れていなかった。
第1回辞職勧告決議後も身柄拘束及び取調べは継続し、勾留期間の延長を経た2011年(平成23年)11月2日、検察官面前供述調書が作成された。
同調書において、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間を基礎として、午後7時40分頃という事故時刻が具体化された。
そして、その7日後、本起訴状において、午後7時40分頃という時刻が公訴事実として裁判所へ提出された。
したがって、本起訴状は、逮捕当初から一貫して確定していた時刻を記載した文書ではない。
勾留中に収集又は整理された情報と推定所要時間を基礎として形成された時刻を、刑事裁判における公訴事実として固定した文書である。
この経過は、自由権規約(ICCPR)第14条第2項が保障する無罪推定との関係で重要である。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、無罪推定を尊重する義務が裁判所に限られず、すべての公的機関に及ぶことを示し、公的機関が裁判の結果を予断することを禁じている。
したがって、地方議会である須賀川市議会も、圓谷年雄が法律に従って有罪とされる前に、有罪を前提とする公的評価又は裁判の結果を予断する公的意思表示を避ける義務を負っていた。
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、刑事裁判が開始されておらず、本起訴状へ採用された午後7時40分頃という公訴事実も、まだ形成されていない段階で可決された。
辞職勧告決議に法的拘束力がないとされることは、この問題を解消するものではない。
本件で問題となるのは、決議によって直ちに議員資格が失われたかどうかではなく、公的機関が刑事責任未確定の段階で、圓谷年雄に辞職を求める公的評価を示したことだからである。
自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項との適合性は、決議の国内法上の法的拘束力の有無だけによって決まるものではない。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続し、その期間中に、午後7時40分頃という事故時刻及び運転意思に関する説明が具体化され、その内容が本起訴状の公訴事実へ取り込まれた。
現在確認できる資料のみから、第1回辞職勧告決議が検察官の取調べ又は起訴判断に直接影響したと断定することはできない。
しかし、公的機関による起訴前の辞職要求、身柄拘束、取調べ、供述の変化及び公訴事実の形成が、同一の起訴前期間中に進行したことは、自由権規約第14条第2項及び一般的意見32号30項との関係で検証されなければならない。
また、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判との関係でも、公的機関による刑事責任確定前の評価と、その後の起訴及び刑事裁判を、当然に無関係な出来事として切り離すことはできない。
本起訴状の作成と同日、圓谷年雄に対する保釈許可決定が行われた。
その後、同年11月24日、圓谷年雄は議員全員協議会において、刑事裁判の結果を待って進退を判断するとの意思を示した。
それにもかかわらず、その7日後の12月1日、初公判前の段階で、第2回辞職勧告決議が可決された。
同月26日に第1回公判が開かれ、2012年(平成24年)1月16日の判決書は、本起訴状と同じ午後7時40分頃という時刻を「罪となるべき事実」として採用した。
したがって、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書において逆算された午後7時40分頃という時刻は、本起訴状の公訴事実を経て、最終的に判決事実へと引き継がれた。
もっとも、後に起訴され、有罪判決が確定したことは、起訴前及び判決前に行われた公的機関の行為を遡って適法化するものではない。
自由権規約第14条第2項は、有罪判決後の結果ではなく、有罪が法律に従って立証されるまでの公的機関の行動を規律する権利だからである。
また、憲法第98条第2項は、日本国が締結した条約を誠実に遵守することを求めている。
したがって、本件では、国内法上の議会の権限又は決議の法的拘束力だけではなく、自由権規約第14条第1項及び第2項並びに一般的意見32号30項との適合性を含めて、本起訴状に至る刑事手続全体を検証する必要がある。
この資料から生じる疑問
1 なぜ、当初の午後7時50分頃ではなく、午後7時40分頃という時刻で起訴されたのか
逮捕当日及び警察段階の供述調書では、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
しかし、この時刻は、圓谷年雄が事故時刻を思い出して述べたものではない。
2011年(平成23年)10月20日付供述調書には、事故時刻及び事故場所について、警察官から聞いて分かった旨が記載されている。
その後、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書において、午後7時9分及び午後7時14分の運転代行業者への発信、午後7時30分の同業者からの着信、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報並びに各地点間の推定所要時間を組み合わせ、事故時刻が午後7時40分頃と整理された。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載はない。
午後7時40分頃という時刻は、午後7時30分頃の走行目撃情報を起点として、事故現場までの推定所要時間を加えることにより逆算されたものである。
その変更後の時刻が、本起訴状の公訴事実として採用された。
逮捕時及び警察段階で午後7時50分頃とされていた時刻は、どのような根拠に基づいていたのか。
その時刻を維持できない事情が判明したのであれば、何が誤っていたのか。
反対に、午後7時50分頃という時刻に相応の根拠が存在していたのであれば、検察官は、なぜ当初の午後7時50分頃という時刻で起訴せず、勾留中に推定所要時間から逆算された午後7時40分頃という時刻へ変更したのか。
2 午後7時40分頃への変更は、走行目撃情報と公訴事実を整合させるためではなかったのか
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書では、片側交互通行地点において、圓谷年雄の車両が午後7時30分頃に目撃されたとの捜査情報が示されている。
その上で、同地点から事故現場まで約10分を要すると推定し、事故時刻を午後7時40分頃とする説明が作成されている。
したがって、午後7時40分頃という時刻は、第三者による走行目撃情報と公訴事実との時間的整合性を確保する形で構成されたものとみることができる。
しかし、本起訴状は、午後7時30分頃とされた目撃時刻の根拠、目撃者の知覚条件、時刻の正確性及び同地点から事故現場までの推定所要時間の根拠を示していない。
午後7時40分頃への変更は、午後7時30分頃とされた走行目撃情報を前提として事件像を整合させるために行われたものではなかったのか。
3 推定によって形成された時刻を、なぜ公訴事実として記載できたのか
圓谷年雄は、飲食店で飲酒した後から事故現場で警察官に起こされるまでの記憶を欠いていた。
圓谷年雄が事故時刻を思い出したとの記載もない。
午後7時40分頃という時刻は、携帯電話の発着信履歴、第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間を組み合わせて逆算されたものである。
それにもかかわらず、本起訴状は、この時刻の推定的性質や形成過程を示すことなく、圓谷年雄が午後7時40分頃に運転したことを公訴事実として記載している。
捜査段階の推定によって形成された時刻を、圓谷年雄の体験記憶又は直接的な事故時刻の記録と区別せず、公訴事実として裁判所へ提出することは適切であったのか。
4 検察官は、圓谷年雄の記憶と、捜査情報を前提とする推測を区別して評価したのか
警察段階の供述調書では、運転開始、運転目的及び走行経路について、「思います」「だと思います」という推測表現が繰り返されていた。
2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書においても、圓谷年雄が実際の運転開始又は事故時刻を思い出したとの記載はない。
一方、同調書では、運転代行を待ちきれず、自ら運転して帰ろうと考えたという、圓谷年雄の内心及び運転意思に関する、より断定的な説明が記載されている。
検察官は、本起訴状を作成するに当たり、圓谷年雄が実際に記憶していた事項と、逮捕後に示された捜査情報を前提として推測した事項とを、どのように区別して評価したのか。
5 起訴前に行われた第1回辞職勧告決議を、検察官はどのように扱ったのか
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、午後7時40分頃という公訴事実がまだ形成されていない段階で可決された。
その後も圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続し、2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書が作成され、同月9日に起訴された。
現在確認できる資料のみから、第1回辞職勧告決議が検察官の取調べ又は起訴判断に直接影響したと断定することはできない。
しかし、刑事責任が確定する前に地方議会が圓谷年雄の辞職を求める公的意思表示を行った後も、勾留及び取調べが継続し、その期間中に事故時刻及び運転意思に関する供述が具体化されたことは事実である。
検察官は、公的機関が起訴前に圓谷年雄の辞職を求めていたという状況を、供述の形成過程及び起訴判断との関係でどのように評価したのか。
6 第1回辞職勧告決議は、自由権規約第14条第2項に照らしてどのように評価されるべきか
自由権規約第14条第2項は、刑事上の罪に問われている者が、法律に従って有罪とされるまでは無罪と推定される権利を保障している。
自由権規約委員会の一般的意見32号30項は、無罪推定を尊重する義務がすべての公的機関に及び、公的機関が裁判の結果を予断してはならないことを示している。
第1回辞職勧告決議は、圓谷年雄が起訴前の勾留中であり、刑事裁判が始まっておらず、午後7時40分頃という公訴事実もまだ形成されていない段階で可決された。
その後も身柄拘束及び取調べが継続し、検察官面前供述調書の作成、公訴事実の具体化及び本起訴状による起訴へと手続が進行した。
公的機関による起訴前の辞職要求は、圓谷年雄の刑事責任を既に確定したものとして扱い、裁判の結果を予断する公的意思表示ではなかったのか。
また、そのような公的意思表示が既に存在する状況の下で形成された供述及び公訴事実について、検察官は、無罪推定及び公正な刑事手続との関係をどのように考慮したのか。
7 後の起訴及び有罪判決によって、起訴前の無罪推定侵害は治癒されるのか
本起訴状による起訴後、2012年(平成24年)1月16日に有罪判決が言い渡され、同月31日に確定した。
しかし、自由権規約第14条第2項は、有罪が法律に従って立証される前の公的機関の行動を規律する権利である。
したがって、後に有罪判決が確定したことを理由として、起訴前に行われた公的機関による予断的な辞職要求が、遡って適法化されるものではない。
後の起訴及び有罪判決を理由として、第1回辞職勧告決議の自由権規約第14条第2項適合性を独立して検討しないことは許されるのか。
また、後の有罪判決を根拠として、判決前の無罪推定侵害が治癒されたものとして扱うことは、無罪推定が適用される時間的範囲そのものを失わせることにならないか。
関連法規・条約・国際法上の基準
国内法
日本国憲法第31条: 適正手続の保障との関係が問題となる。身柄拘束下で形成された供述、午後7時40分頃という訴因の設定、起訴前の公的有罪視との関係を検証する必要がある。
日本国憲法第37条: 公平な裁判所による裁判を受ける権利との関係が問題となる。判決前に公的機関である市議会が辞職勧告決議を行っていた状況下で、刑事裁判の公正がどのように確保されていたのかを検討する必要がある。
刑事訴訟法第256条: 起訴状の方式及び公訴事実の記載との関係が問題となる。本資料では、公訴事実として午後7時40分頃が記載されており、その訴因が後の判決で採用されていることが重要である。
刑事訴訟法第336条: 被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪を言い渡さなければならないとする規定との関係が問題となる。午後7時40分頃という訴因が、合理的疑いを超える証明により支えられていたのかを検証する必要がある。
国際人権条約 自由権規約(ICCPR)
自由権規約第14条第1項: 公正な裁判を受ける権利との関係が問題となる。起訴前に公的機関である市議会が辞職勧告決議を行っていた状況が、その後の供述形成、公訴事実の設定及び刑事裁判の公正とどのように関係するのかを検討する必要がある。
自由権規約第14条第2項: 無罪推定との関係が問題となる。刑事上の罪に問われている者は、法律に基づいて有罪とされるまでは無罪と推定される。本件では、起訴前に第1回辞職勧告決議が行われていたことが、この規定との関係で問題となる。
自由権規約第2条第3項: 実効的救済との関係が問題となる。無罪推定や公正な裁判との関係で問題が生じた場合に、国内制度において実効的な救済が与えられたのかを検討する必要がある。
条約の履行及び解釈に関する基準
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第26条: 効力を有する条約は当事国を拘束し、誠実に履行されなければならない。日本が批准した自由権規約を誠実に履行すべき義務との関係が問題となる。
条約法に関するウィーン条約(VCLT)第27条: 国内法を理由として、条約上の義務を履行しないことを正当化できない。国内制度上、地方議会の辞職勧告決議が法的拘束力を持たない意思表示と説明されるとしても、それを理由に自由権規約上の問題を検討しなくてよいことになるのかが問題となる。
※各規定の詳しい解釈、本件への適用及び相互関係については、法的主張と違憲違法構造の整理で検討する。
本件との関係
本起訴状は、本件刑事裁判において審判対象となる公訴事実を裁判所へ提出した文書である。
しかし、本起訴状に記載された午後7時40分頃という時刻は、逮捕当初から一貫して用いられていた時刻ではない。
逮捕当日及び警察段階では、事故時刻は午後7時50分頃とされていた。
この午後7時50分頃という時刻も、圓谷年雄が自らの記憶によって特定したものではなく、警察官から聞いて分かった事項であった。
その後、勾留中に作成された2011年(平成23年)11月2日付検察官面前供述調書において、携帯電話の発着信履歴、午後7時30分頃とされた第三者による走行目撃情報及び各地点間の推定所要時間を組み合わせ、午後7時40分頃という時刻が逆算された。
本起訴状は、その7日後に、逆算によって形成された午後7時40分頃という時刻を公訴事実として採用した。
したがって、本件における時刻の変化は、圓谷年雄が事故時刻を思い出し、従前の供述を自発的に訂正したという構造ではない。
圓谷年雄に事故時刻の記憶がない状態が継続する中で、逮捕後に収集又は整理された捜査情報と推定所要時間を組み合わせることにより新たな時刻が形成され、その時刻が検察官面前供述調書を経て公訴事実へ取り込まれたという構造である。
また、本起訴状が作成される前には、圓谷年雄が起訴前の勾留中であるにもかかわらず、須賀川市議会による第1回辞職勧告決議が可決されていた。
第1回辞職勧告決議は、午後7時40分頃という公訴事実がまだ形成されておらず、刑事裁判も開始されていない段階で、公的機関が圓谷年雄に辞職を求めたものである。
第1回辞職勧告決議後も、圓谷年雄の身柄拘束及び取調べは継続し、その期間中に午後7時40分頃という事故時刻及び運転意思に関する、より具体的かつ断定的な説明が形成された。
現在確認できる資料のみから、第1回辞職勧告決議と起訴判断との間に直接的な因果関係があったと断定することはできない。
しかし、公的機関による辞職要求、起訴前の身柄拘束、取調べ、捜査情報の提示、供述の変化及び公訴事実の形成が、同一の起訴前期間中に進行したことは確認できる。
この時間的関係は、単なる出来事の前後関係として処理されるべきものではない。
自由権規約第14条第2項は、有罪が法律に従って立証されるまでは無罪と推定される権利を保障している。
また、一般的意見32号30項は、無罪推定を尊重し、裁判の結果を予断しない義務が、地方議会を含むすべての公的機関に及ぶことを示している。
したがって、本件では、第1回辞職勧告決議と本起訴状を、相互に無関係な資料として扱うことはできない。
本起訴状は、公的機関による起訴前の辞職要求が既に存在する状況の下で、勾留、取調べ、供述の変化及び公訴事実の形成が進行したことを確認する資料でもある。
また、自由権規約第14条第1項が保障する公正な裁判との関係でも、公的機関による刑事責任確定前の評価と、その後の起訴及び刑事裁判を、当然に切り離すことはできない。
さらに、本起訴状に記載された午後7時40分頃という時刻は、その後、2012年(平成24年)1月16日の判決書において「罪となるべき事実」として採用された。
したがって、本起訴状は、単に検察官が起訴したことを示す資料ではない。
圓谷年雄の記憶に基づかない事故時刻が、逮捕後の捜査情報及び推定によってどのように形成され、刑事裁判の審判対象として固定され、最終的に判決事実へ引き継がれたのかを検証するための中心資料である。
同時に、公的機関による起訴前の辞職要求が存在する状況の下で、供述及び公訴事実が形成されたことを、無罪推定及び公正な刑事手続との関係で検証するための資料でもある。
後に起訴及び有罪判決が行われたことは、それ以前に行われた公的機関の行為について、自由権規約第14条第2項との適合性を検討する必要を失わせるものではない。
無罪推定は、有罪判決後の結果を根拠として評価されるものではなく、有罪が法律に従って立証されるまでの公的機関の行動を規律する権利だからである。
また、憲法第98条第2項は、日本国が締結した自由権規約を誠実に遵守することを求めている。
よって、本起訴状は、事故時刻及び公訴事実の形成過程だけでなく、起訴前の公的評価、自由権規約第14条第1項及び第2項、一般的意見32号30項、無罪推定、公正な刑事手続並びにその後の有罪認定との関係を一体として検証するための資料である。
関連資料
関連する固定ページ:
関連する証拠記事:
2011年(平成23年)
須賀川市議会議会運営委員会会議録―起訴前勾留中の第1回辞職勧告決議に向けた内部協議
須賀川市議会議会運営委員会会議録―初公判前の第2回辞職勧告決議に向けた内部協議
2012年(平成24年)
須賀川市議会議会運営委員会会議録―判決確定後の第3回辞職勧告決議に向けた内部協議
須賀川市議会議会運営委員会会議録―判決確定後・辞職前の第4回辞職勧告決議に向けた内部協議
2025年(令和7年)
須賀川市議会提出文書―辞職勧告決議の検証と是正を求めた陳情書
須賀川市議会内部文書―人権侵害の是正を求める陳情書に関する会派代表者会議協議会結果報告
須賀川市内部文書―人権侵害の是正申入れ後に実施された法律相談
須賀川市議会内部文書―人権侵害の是正申入れ後に実施された法律相談
2026年(令和8年)
須賀川市・須賀川市議会宛文書―辞職勧告決議による人権侵害の調査、是正及び救済に関する質問状兼申入書
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須賀川市発出文書―人権侵害救済申立ては法務局を受付窓口とし、法的根拠の照会等には従前回答を維持した回答
須賀川市議会発出文書―人権侵害救済申立て等に対し「4月23日付回答のとおり」とした回答
関連する規範記事:
規範篇―自由権規約(ICCPR)第14条第2項:無罪推定の原則
規範篇―一般的意見32号30項:公的機関による判決前の裁判結果の予断禁止
規範篇―自由権規約(ICCPR)第2条第3項:実効的救済を受ける権利
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規範篇―条約法に関するウィーン条約(VCLT)第27条:国内制度を理由に条約義務を免れられるのか
関連する時系列:
2011年(平成23年)10月18日 本件事故が発生したとされた。
2011年(平成23年)10月19日 圓谷年雄が警察署に任意出頭した後、逮捕状に基づいて通常逮捕され勾留開始。現行犯逮捕ではなかった。
2011年(平成23年)10月24日 第1回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2011年(平成23年)10月26日 第1回辞職勧告決議
2011年(平成23年)11月9日 起訴され、その後保釈された。
2011年(平成23年)11月28日 第2回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2011年(平成23年)12月1日 第2回辞職勧告決議
2012年(平成24年)1月16日 有罪判決
2012年(平成24年)1月31日 判決確定
2012年(平成24年)2月7日 第3回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2012年(平成24年)2月9日 第3回辞職勧告決議
2012年(平成24年)2月27日 第4回辞職勧告決議前の議会運営委員会
2012年(平成24年)3月1日 第4回辞職勧告決議
